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2011.10.10

【記録室】五輪前年の世界メダリスト、五輪での成績は?


 ロンドン五輪での闘いを占う意味で重要な大会だった2011年の世界選手権。どの階級も勢力図が明確となり、対戦相手の研究や情報戦が五輪まで展開されるであろうが、過去の成績を見てみると、五輪前年にいい成績を残すことが、必ずしも五輪での好成績につながるものではないことが証明されている。

 北京五輪の前年の2007年世界選手権でメダルを取った選手の五輪での成績を調べてみると、意外な結果にぶつかる。男子フリースタイルでは、28選手のメダリストのうち、北京五輪でもメダルを取った選手は7選手(25%)でしかない。

 五輪王者に輝いたのは60kg級のマブレット・バティロフ(ロシア、金→金)、66kg級のラマザンシャヒン(トルコ、金→金)、120kg級のアーチュール・タイマゾフ(ウズベキスタン、銅→金)の3選手だ。

 逆に8位入賞すらできなかった選手は、、五輪の代表になれなかった7選手を含めて14選手(50%)と、ちょうど半数。残りの7選手が5位~8位ということになる。

 男子グレコローマンでも同様の結果が出ている。2007年世界選手権のメダリスト28選手のうち、五輪でもメダルを取ったのは8選手(28.6%)。五輪で王者に輝いたのはフリースタイルと同じく3選手。55kg級のナジール・マンキエフ(ロシア、銅→金)、66kg級のスティーブ・グエノ(フランス、銀→金)、120kg級のミジャイン・ロペス(キューバ、金→金)。

 逆に8位入賞を果たせなかった選手は、代表落ち1選手を含めて13選手(46.4%)。60kg級は8位が、84kg級は9位がそれぞれ最高という結果が出ており、メダリストがそろって早いラウンドで“討ち死に”したことになる。

 女子はまだ男子ほど層が厚くないせいか、ややいい成績が出ている。五輪で実施される4階級の2007年世界選手権メダリスト16選手のうち、五輪でもメダルを取ったのは6選手(37.5%)と、数で男子の倍、割合で約1.5倍(連続優勝は、説明するまでもなく吉田沙保里と伊調馨の2選手)。

 それでも、代表落ち3選手を含めて7選手(43.8%)が8位入賞を逃しており、グレコローマンに匹敵する割合になっている。

 世界のメダリストになれば世界中の選手から研究されるし、周囲の期待も高まってプレッシャーを感じ、それが足かせとなってしまう場合も出てくる。五輪前年に好成績を挙げれば自信となる一方、大きな危険も抱えてしまうことになる。逆に考えれば、五輪前年にいい成績を残せなくとも、五輪でばん回する可能性は十分にあると言える。

 最近3度の五輪前年のメダリストの五輪での成績は下記の通り。

■2007年世界選手権メダリストの2008年北京五輪での成績

スタイル メダル獲得 5~8位 9位以下
男子グレコローマン 8選手(28.6%) 7選手(25.0%) 13選手(46.4%)
男子フリースタイル 7選手(25.0%) 7選手(25.0%) 14選手(50.0%)
 女      子 6選手(37.5%) 3選手(18.6%) 7選手(43.8%)

■2003年世界選手権メダリストの2004年アテネ五輪での成績

スタイル メダル獲得 4~8位 9位以下
男子グレコローマン 7選手(33.3%) 5選手(23.8%) 9選手(42.8%)
男子フリースタイル 7選手(33.3%) 6選手(28.6%) 8選手(38.1%)
 女      子 7選手(58.3%) 2選手(16.7%) 3選手(25.0%)

■1999年世界選手権メダリストの2000年シドニー五輪での成績

スタイル メダル獲得 4~8位 9位以下
男子グレコローマン 5選手(20.8%) 5選手(20.8%) 14選手(58.3%)
男子フリースタイル 8選手(33.3%) 6選手(25.0%) 10選手(41.7%)

 

※シドニー五輪は男子のみで各8階級、アテネ五輪以降は男子各7階級、女子4階級
※アテネ五輪までは3位1選手、北京五輪は3位2選手
※いずれも、9位以下は代表落ちを含む


■世界18位→45位から五輪王者に輝いたアンドレア・ミングッチ(イタリア)

 では、北京五輪金メダリストの前年の世界選手権の成績を調べてみると、どんな結果が出ているか? 前述の通り、男子はグレコローマン1選手、フリースタイル2選手、女子は2選手が世界チャンピオンに輝いており、連続での世界最高峰だが、そんな選手ばかりではない。

ほぼノーマークの存在から五輪王者に輝いたアンドレア・ミングッチ

 男子グレコローマンでは、84kg級45位だったアンドレア・ミングッチ(イタリア)、74kg級20位だったマヌチャー・クビルクベリア(グルジア)、96kg級は不出場だったアスランベク・クシュトフ(ロシア)が、それぞれ金メダルを取った。

 このうちクビルクベリアは、2006年は3位だったので前年に調子を落としていたか組み合わせが悪かったと推定できる。96kg級のクシュトフは2006年は20位だったが、五輪年のワールドカップと欧州選手権で個人優勝していて、強豪としての評価はあった。84kg級のミングッチは2006年も18位の選手。欧州選手権は3位で、まずまずの成績はあったものの、伏兵の優勝と言える状況だった。

 男子フリースタイルでは、96kg級のシルバニ・ムラドフ(ロシア)が2006・07年の世界選手権ともに不出場からの優勝だったが、その2年間は同国代表のハジムラド・ガチャロフが優勝していたのだから、これは“躍進”とは言うまい。

 ノーマークからの優勝といえば、55kg級のヘンリー・セフード(米国)で、2006年に不出場、2007年に31位という成績から金メダルを取った。

 女子でも、48kg級のキャロル・ヒュン(カナダ)は2006・07年とも世界5位からの優勝。72kg級の王嬌(中国)は、2006年が世界10位で、前年は不出場。ヒュンはともかく、王嬌はノーマークからの優勝と言える。

 どのスタイルにも、“伏兵による優勝”が誕生するのがオリンピックの怖さであり、見ている人からすれば面白さなのかもしれない。


■1992年バルセロナ五輪金メダリストは、半数が前年の世界王者

 試合時間が短くなったことで、地力勝負になる前に試合が終わることや、ソ連が15の国に分かれたことでマークする選手が絞れず、いわゆる“絶対王者”が生まれにくい状況になっていることは間違いない。

1988年ソウル五輪、」1992年バルセロナ五輪の2度とも前年の世界選手権に続いて優勝したフリースタイル62kg級のジョン・スミス(米国)

 試合時間が5分1ピリオド(延長は先取点を取るまで無制限)で、ソ連が分かれていなかった1991年の世界選手権のメダリスト、男子各スタイル30選手を調べてみると、グレコローマンは12選手(40%)、フリースタイルは14選手(46.6%)が翌年のバルセロナ五輪でもメダルを取っており、北京五輪の時よりはるかにいい成績。

 世界選手権でメダルを取りながら、五輪で8位入賞ならなかった選手は、グレコローマンは10選手(33.3%)、フリースタイルは9選手(30%)で、現在よりは低い数字だ。

 バルセロナ五輪の金メダリストの前年の成績を調べてみると、両スタイルとも半分の5階級が世界王者。優勝予想がしやすい時代だった。

 もっとも、そんなルールと状況の時代でも、グレコローマン74kg級で1969~71年世界3連覇のビクトル・イグメノフ(ソ連)が1972年ミュンヘン五輪で6位以内に入れなかったり、同48kg級で1985~87年世界3連覇のマギアディン・アラクベリディエフ(ロシア)が1988年ソウル五輪で8位、同62kg級で1993~95年世界3連覇のセルゲイ・マルティノフ(ソ連)が1996年アトランタ五輪で4位という成績が残っている。

 勝負の世界は何が起こるか分からない。
 

 







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