日本レスリング協会公式サイト
JAPAN WRESTLING FEDERATION
日本レスリング協会公式サイト
2013.04.28

全国から350人が参加し、藤本英男・日体大部長の退任記念パーティーが盛大に

1968年から2009年まで40年以上にわたって日体大のコーチ、監督、部長として選手の指導にあたり、同大学に不滅の金字塔をもたらした藤本英男・元部長が昨年度いっぱいで同大学を退任。「藤本英男先生ご退任を祝う会」が4月27日、横浜市の横浜ロイヤルパークホテルで行われ、全国から約350人の先輩、同期、教え子が集まった。会の途中にはアントニオ猪木さんも来場し、新たな出発を祝った。

 藤本・元部長が最も尊敬する選手で、来賓として参加した小幡洋次郎さん(1964東京・1968年メキシコ両五輪金メダリスト)は「メキシコ・オリンピックの時は選手同士、ミュンヘン・オリンピックはコーチと選手、モントリオール・オリンピックの時はコーチ同士。以来、レスリングのことを熱く語り合ってきた。藤本先生に出会えたことが何者にも代えがたい財産」とあいさつ。

 2年後輩の松浪健四郎・同大学理事長(日本協会副会長)は「スパーリングで随分けいこをつけてもらった。胴タックルはすごく、そり投げは豪快。横崩しは誰一人としてこらえられなかった。レスリングにかける情熱は右に出る者がいない。レスリング部をここまで育てたことに、謹んで敬意を表したい」と話した。

 同大学の柳川益美OB会長(群馬県協会会長)は「私が入学した時、藤本先生は4年生で、厳しく、また優しく指導してくれた。1年生の時からお手伝いできたことは幸せでした。退任のあとは、OBの皆さまが日体大レスリング部を支えてほしい」と、集まった後輩達が新たな栄光を築くことを望んだ。

同・元部長は、日体大が東日本学生リーグ戦の二部リーグの時代の1963年に入学。学生時代の1966年にグレコローマン・フェザー級で世界選手権に初出場して6位入賞。その後、1967年に世界選手権3位、68年メキシコ五輪で2位、70年世界選手権優勝、71年世界選手権3位、72年ミュンヘン五輪で4位と好成績を挙げた。

 日体大の指導者としての手腕も発揮し、1971年に東日本学生リーグ戦で初優勝したのをはじめ、1979年~96年の18連覇を含め、昨年までに26度の優勝に携わった。個人では、2人の五輪金メダリストと1人の世界王者を筆頭に、世界選手権代表、全日本王者など世界で通じる選手を数多く育てた。

 全国の高校レスリング部は、半分近くは日体大OBの監督であり、高校生の普及と強化の面でも日本レスリング界に大きく貢献した。

 謝辞では「日体大に入り、多くの出会いがあった。花原先生(勉=1964年東京五輪金メダリスト)の厳しい指導で、ここまでやらなければ世界で勝てないことを知った。勝村君(靖夫=山口県協会会長)ら素晴らしい同期に恵まれ、小幡さん(前述)の精神力に学んだ。社会で活躍している多くの教え子がいて、いい後輩とも巡り合った。これだけ多くの人が来てくれたことに感謝している。出会い、そして家族を大切にしてほしい」と話し、感慨無量の様子。

 報道からは3社が来場。「一番の思い出」を聞かれると、「1年ごとに成長してきたので、46年目(最後の年)が一番の思い出。教え子が社会で活躍してくれていることが誇りだ」と話した。

ほぼ年代別に割り振られたテーブルを回る藤本・元部長

「日本のレスリングを頼むぞ」と、西口茂樹・日本協会男子グレコローマン強化委員長を激励

五輪代表選手集合

同期のOB。入部時は二部リーグだった。

リーグ戦18連覇に携わったOB集合

会の最後は大きな350人の円陣で校歌斉唱

 







2023年世界選手権/激戦の跡
JWF WRESTLERS DATABASE 日本レスリング協会 選手&大会データベース

年別ニュース一覧

サイト内検索


【報道】取材申請について
-------------

● 間違いはご指摘ください
本ホームページ上に掲載されている記録や人名に誤りがある場合は、遠慮なくご指摘ください。調査のうえ善処いたします。 記録は、一度間違うと、後世まで間違ったまま伝わります。正確な記録を残すためにも、ご協力ください。


アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNSの投稿は卑劣な行為です。
BIG、totoのご購入はこちら

SPORTS PHARMACIST

JADA HOMEPAGE

フェアプレイで日本を元気に