(文=増渕由気子)
前回のロンドン・オリンピックまでは、女子は7階級中4階級が実施階級だった。オリンピック・イヤーになると7階級の女王たちが4階級に集中し、世界チャンピオン同士の闘いもしばしば。世界で勝ち抜くよりも日本国内の方がし烈な闘い、と言われたこともある。
それが6階級に増えたのだから、日本女子にとってはルール改正ともに階級変更は追い風と言えよう。過去3大会12階級に出場したメンバーはのべ5人というメンバーの固定化から一変、今大会は4連覇を目指す吉田沙保里と伊調馨以外の4選手が初出場のメンバーだ。
63kg級の川井梨紗子(至学館大)もその一人。リオデジャネイロ・オリンピックは当初、58kg級で目指していたが、伊調馨の壁をなかなかを破れずにいた。川井の才能を見込んだ栄和人監督は、58kg級から2階級アップの63kg級へ変更を促した。
■階級が上でも動じない男子並みの組み手が武器
無謀かと思われた階級変更は吉と出る。昨年6月の全日本選抜選手権で優勝し、オリンピック第1次予選でもある世界選手権(米国)に63kg級に出場。初戦で前年の世界女王を破る快進撃で銀メダルを獲得し、念願のオリンピック代表権を手に入れた。
絵に書いたようなサクセスストーリーに、栄監督が「指導者冥利に尽きるね」と話せば、最初は増量を拒否していた川井も「63kg級に挑戦してよかった。監督に感謝している」と振り返った。
すべて栄監督の計算通り。栄監督は「本来、階級が違うとパワーが必要になる。けれども、川井のスタイルは階級が上でも動じない男子並みの組み手がある。普通の人はパワー負けするところでも、川井は組み手で様子を見て勝負どころで完ぺきに取りに行くことができる」と分析し、「昨年の世界選手権で金メダルをとった3人と同じく、川井も金を獲る確率は高いと思う」と太鼓判を押した。
しかも、この階級変更は、監督、川井ともに今回のみと決めているのだから驚きだ。「63kg級にシフトチェンジして1年が経ちました。期間限定ですが、63kg級は自分の階級だと思っていて、自信もついてきています」と、あくまで一時的な階級変更であり、2020年東京オリンピックへ向けては58kg級に戻すと宣言している。
■未知の相手が多く、全選手がライバル
エントリーも出そろうと、川井は、「まだ対戦したことがない選手の方が多いので、誰と当たっても気が抜けない」と話し、全員がライバルと実感した様子。しかし、迷いや疑問が出でもすごく頼りになる先輩がいる。63kg級でオリンピック3連覇を達成した伊調だ。
伊調のビデオなど資料は豊富にあり、「63kg級のお手本であり、勝手に勉強させてもらっています」と63kg級の研究も怠らない。
63kg級で国際大会に参加したのは、世界選手権と今年2月のアジア選手権(タイ)の2回だけ。その後、大会には出ずに本番を迎える。栄監督は「川井はすでに世界のトップレベル。試合慣れするよりも、練習で確信を持てるような強い心を持つことが重要」と、国内でしっかりと練習を積む方にフォーカスを当ててきた。
「最近は吉田ともスパーリングをさせていますし、試合形式の練習もやってきた」と充実した練習内容で準備も万端だ。
女子レスリングが始まった2004年のアテネ・オリンピックから4大会目。63kg級は伊調が3大会を勝ち続けてきた。階級区分が変更されても残った63kg級。4大会目も、川井梨紗子が日本の金メダルの歴史をつないでみせる。