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クローズアップ 昭和のレスリング

「― 日本レスリングの“原点”内藤克俊に魅せられた記者 ―宮澤正幸の見た昭和のレスリング」

文=宮澤正幸(拓大~日刊スポーツ、日本レスリング協会元広報委員長/機関誌編集長)

1950年代からレスリング記者を務め、いまなお会場に足を運ぶ宮澤正幸記者。昭和のレスリングを語ることのできる数少ない記者として、幾多の思い出を振り返ってもらった。


(本文より)

 日刊スポーツには毎週土日、紙面の4分の1のスペースに関東学生リーグ戦の予想記事が出た。見出しも大中小と3本建て。顔写真入りだ。例えば「中明の覇権争い―ダークホースに慶大」、顔写真は島谷、三条、市原(中)富永、矢田、霜鳥(明)といった具合い。

 中明戦で騒動が起きたのは1947(昭和22)年のことか? 春季リーグに二部で中大が優勝し、一部の明大と入れ替え戦となる。「判定を不服とする明大の1時間に渉る執拗な抗議の末、明大が試合放棄する、といった事態が生じた」(中大レスリング部50年史)。ただし、明大レスリング部70年史には一行も触れてない。

 中大OBの三條國雄さん(山形市)が克明な手記を日本レスリング協会誌編集部に寄せて下さったことがある。小生が村田恒太郎理事長時代に広報委員長から機関誌の編集長に転じ、元自衛官の川野俊一氏(故人)が広報の権力を握っていた時代と思う。三條手記の中に「明大が飛び出して来て、マット(キャンバスシートのこと?)をめくり上げ、“ここから先は場外だ!!”と主張し、大もめになった」という真相だった。どうも三條さんと矢田兄さんの大一番らしい。

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