【特集】逆転五輪代表にかける…男子グレコローマン74kg級・金久保武大（ＡＬＳＯＫ）

（文＝樋口郁夫）

　大詰めを迎えたロンドン五輪の日本代表争い。まず全日本チャンピオンが３月30日～４月１日のアジア予選（カザフスタン）に挑み、出場枠獲得と日本代表権奪取を目指す。その後は２番手の選手にも出場枠挑戦の可能性が出てくる場合もあり、どの選手もそれにそなえて練習を続けている。

　全日本王者が出場枠を取ってしまえば、２番手選手の今の苦労は実らない。モチベーションの高めた方が難しいが、男子グレコローマン74kg級の金久保武大（ＡＬＳＯＫ＝右写真）は、全日本選手権初戦敗退という完全に死んだ状況からので復活で、他階級の選手とは違った気持で汗を流す毎日だ。

■まさかの全日本選手権初戦敗退で、奈落の底へ

　昨年12月の全日本選手権。第１シードの金久保は初戦（２回戦）で福田翼（拓大）に１－２（3-2,0-2,0-1）でまさかの黒星。2010年に世界５位の実績を持っている選手であっても、この段階でロンドン五輪への道が途絶えた。

　試合を振り返る。「オリンピックがかかっているので緊張はいつも以上にありましたが、調子はよかった。第１ピリオドを取っても、油断とかはなかったのですが…」。試合は第２ピリオド、いったんは金久保が取り、この時点で勝利を手にしたと思った。しかし相手陣営からチャンレンジの要求があり、ビデオチェックの結果、判定が覆って第３ピリオドへもつれてしまった。

　「それで気持ちが切れた部分はありましたが、言い訳ですね。練習が足りなかったのでしょう。（初戦敗退は）恥ずかしい気持ちでいっぱいです」。福田は全日本大学グレコローマン選手権２位、国体３位の選手で、決してノーマークの相手ではなかった。それでも、過去２度闘ってともに勝っていた相手。組み合わせが決まった段階で勝つイメージをつくって臨んだ。しかし気持ちが空回りしてしまった。

　オリンピック出場を目指して柔道からレスリングに転向。繰り上げで出場権が転がり込んできた2010年の世界選手権（ロシア）で５位へ。ワンチャンスを生かして世界のトップレベルに駆け上がった。それだけに、こんなに早く希望が消えたことのショックは大きかった。「何も考えられなかった。レスリングを続けるかどうかも」と振り返る。表現しようのない虚脱感に襲われた全日本選手権後だった。

■一昨年の世界選手権と同じく、運がめぐってきた！

　日体大の松本慎吾監督から“朗報”が届いたのは、会社へ大会の報告に行く時だった。「（12月）26日の午前11時すぎでした」。よほどうれしかったのだろう、その日だけでなく、時間まで正確に覚えている。２位となった福田が就職先の関係でアジア選手権ほかの大会出場を辞退し、２番手を３位以下の選手の中から引き上げることになって金久保に白羽の矢が立った。

　３位の田村和男（ワセダクラブ）と葛西直人（自衛隊）を差しおいての抜てきは、２年連続世界選手権出場と世界５位の実績がものを言ったのは間違いない。２番手に引き上げられただけで五輪出場枠に挑めるかどうかも分からない状況だが、「希望が出てきてうれしかった。結果でこたえなければならない」と気が引き締まり、その日から練習を再開した。

　２番手選手は、だれもが「今流している汗の成果を発揮する場所はないかもしれない」という気持ちと闘っている。だからといって前進をやめるわけにはいかない。金久保は「無駄になるかもしれないけど、準備しておかなければ出場枠は手にできない」と話し、当面の目標のアジア選手権（２月16～19日、韓国）での優勝を目指して力を入れる。

　アジア選手権で情けない試合をしたら、たとえ全日本王者の鶴巻宰（自衛隊）が３月末に五輪出場枠を手にできなかったとしても、その後、出場枠挑戦のチャンスをもらえないかもしれない。今はアジア選手権での好成績を目指すだけ。各国からどの程度のレベルの選手が出てくるかは分からないが、だれか出てきても勝つしかない。

■不死鳥のごとくよみがえった強さを発揮できるか

　金久保は昨年４月にＡＬＳＯＫに入社。環境や経済面で最高のものを受けている。昨年の世界選手権へ挑むにあたって都内のホテルで開いてもらった盛大な壮行会は、学生時代に経験したことのない感動があった。あの感動を、今夏も味わいたい。

　「会社からやってもらっていることに応えるのは、結果を出すことしかありません。いったんは終わった身です。開き直り、一度死んだ人間の強さを見せたい」－。不死鳥のごとくよみがえった金久保の死力を尽くす挑戦が始まる。