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2013.03.12

【特集】開始から1週間で3000人の署名を集める!…おかやま山陽高校・横山茂嘉監督


「レスリングを五輪競技に復帰させる会」が2月下旬から始めた復帰嘆願の署名活動。岡山県のおかやま山陽高校は、現役選手、保護者、OBが中心となって署名集めに東奔西走。わずか1週間で3000人分の署名を集めて会に届けた。顧問の横山茂嘉監督は「すぐにあと1000人分を送ります。目標10万人なんて少ない。全国のみんなが協力すれば、100万人だって集まるはず」と気合を入れる。

 横山監督は、高校時代は陸上競技でインターハイに出場、日体大へ進んでからレスリングをスタート。同期には1984年ロサンゼルス五輪代表の安藤正哉さんがいて、女子の栄和人強化委員長は1学年下、男子の佐藤満強化委員長は2年下の後輩だ。

 キッズ・レスリング全盛の現在ほどではないにしても、当時でも大学からのスタートではキャリア的なハンディがあった。しかし日体大には高校時代に他のスポーツをやっていながら、マット上で大成した選手も少なからずいた。横山さんもその一人。右ひざの大けがをして2年間のブランクがあったにもかかわらず、大学を卒業して最終的にグレコローマン62kg級で全日本4位までに成長した。審判としても、1980年代に国際資格を取得。アジア選手権で審判をやったこともある。

■選手時代、身近にいた“目標を奪われた選手”

 大学3年生の時にモスクワ五輪ボイコットがあった。「日本には世界の名選手が何人もいた。その中には、高田先輩(裕司=現日本協会専務理事)らと同じレスリング部第2合宿所で寝食を共にしていた先輩も多数いた。しかし、大会には参加できなかった。できなかったのではなく、許されなかったのです」。目標が急になくなった選手の気持ちは手に取るように分かる。

若い選手がオリンピック出場という目標を奪われようとしている現在、いてもたってもいられずに行動を起こした。「レスリングのオリンピック存続の危機に対して、私達が出来ることは署名活動しかない。何を、どう批評しても、何も生まれない」-。

 3000人という署名は、レスリングのつながりだけではない。自宅の道場で鴨方町レスリングスポーツ少年団の代表としてキッズ選手の育成に力を入れてきたが、実は3年前までの約20年間、高校では陸上競技部の顧問で、高校のレスリング界に身を置いていなかった。

  陸上競技部の顧問の際は、インターハイには毎年のように出場しており、山梨学院大の主将として箱根駅伝を3度走った清田選手や、環太平洋大で主将を務め、全日本学生個人選手権の1500mで優勝した監物選手等を輩出している。また、その頃には日体大長距離記録会にも出場しており、レスリング道場を訪ね、藤本英男先生の「頑張らにゃいかんよ!」と言う声を聴きに行ったそうだ。

  今回は陸上とレスリングのつてをフルに使っての速攻。「レスリングに復帰して3年の監督でも、これだけのことができます。3000人を集める人が33人いれば、10万人です。みんなが協力すれば、10万人なんてあっという間です」と話す横山監督は、今回の4000人分のあと、来月には新たな3000人分を送る予定という。

 







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《オリンピック・レスリングNo.62》

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