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2015.02.13

【特集】「お金がたくさんあっても幸せではなかったということでしょう」…太田章さん、映画「フォックスキャッチャー」を語る

アカデミー賞候補に挙げられているレスリングの金メダリスト射殺事件の実録映画「フォックスキャッチャー」の日本公開が近づいてきた(2月14日、下記劇場で公開)。主役の大財閥の御曹司ジョン・デュポンと、オリンピック金メダリストのデーブ&マーク・シュルツ兄弟を日本でだれよりもよく知る人物、オリンピック4度連続代表(1980~92年)の太田章さん(早大教)が、試写会を見たうえで映画について語ってくれた。

 太田さんは、デーブ・シュルツとは20歳のころから親交があり、事件の5年前には、実際にレスリングクラブ「フォックスキャッチャー」を訪れたこともあるという。“フォックスキャッチャー通”でもある太田さんに映画評、その他を聞いた。

《2月14日、公開劇場一覧》《映画サイト》

《アメリカ在住の映画評論家・町山智浩さんが、映画「フォックスキャッチャー」を解説しています=You tube》

《ストーリー》
この世にも奇妙な実話は、1984年のロサンゼルス・オリンピックで金メダルに輝いたレスリング選手、マーク・シュルツに届いた突然のオファーから始まる。有名な大財閥デュポン家の御曹司ジョン・デュポンが、自ら率いるレスリング・チーム“フォックスキャッチャー”にマークを誘い、ソウル・オリンピックでの世界制覇をめざそうと持ちかけてきたのだ。その夢のような話に飛びついたマークは破格の年俸で契約を結び、デュポンがペンシルベニア州の広大な所有地に建造した最先端の施設でトレーニングを開始する。しかしデュポンの度重なる突飛な言動、マークの精神的な混乱がエスカレートするにつれ、ふたりの主従関係はじわじわと崩壊。ついにはマークの兄で、同じく金メダリストのデイヴを巻き込み、取り返しのつかない悲劇へと突き進んでいくのだった……。

Q: 試写会を見た率直な感想を教えてください。

太田: アカデミー賞候補ということで注目度も評価も高く、映画としての完成度も高いといううわさでしたが、私は、全く違う気持ちで見ておりました。どうしてデーブが撃たれてしまったのか? 殺されてしまったのか? 真実は、どうだったのか? 仲の良かった友人ということで、この事件の映画化は複雑な気持ちで見守っていました。しかし、この映画の主役はジョン・デュポンであり、デーブのことは、客観的に描かれています。映画としての出来は見事であると思います。

Q: この映画は何を訴えたかったのでしょうか。

太田: 億万長者のジョン・デュポンが、どうして、なぜ、レスリングに巨額の寄付をし、なぜ選手にお金を与えていったのか? そして、なぜ撃ってしまったのか? 殺人の訳は? その犯罪の理由? クライムミステリーとしての映画です。残念ながら本当に起きてしまった事件なのです。

Q: シュルツ兄弟の仕種やレスリング・シーンが「実物そっくりだ」など、リアル感十分との評判ですが、そうですか?

太田: 見事です。日本人の俳優がそれを行おうとしても、無理だろうな、と思います。アメリカは、だれもが少しはレスリングの経験があるのです。学校体育にレスリングが組み込まれているからです。(スポーツはシーズン制を取り入れているので)冬のスポーツはバスケットボールかレスリングの選択が多いのです。ただ、実在の強いレスラーの技まで演じるには大変な努力が必要であったと思います。デーブの歩き方、しゃべり方、マークの個性までもが実物そっくりに描かれていて、本当にびっくりでした!

Q: シュルツ兄弟とのつきあいは?

太田: 今もNCAA大会(全米学生選手権)に観戦に行けば、デーブの奥さんのナンシーさんといろんな話をします。マークはあまり出てきませんが、デーブの息子さん、娘さんも、私のことはよーく覚えていてくれて、懐かしい話で盛り上がります。そこにデーブが居ないことだけが残念です。デーブが1985年に日本に来た時は、私の家に夫婦で1泊してくれました。私が1991年にアメリカに1年間行っていた時には、2週間、フォックスキャッチャーの敷地にあるデーブの家に泊めてもらいました。今年の3月にはナンシーがボーイフレンドと日本にやってきます(笑)。

Q: 映画に描かれていますが、1984年ロサンゼルス・オリンピックの頃は、金メダリストといえども、経済的には厳しかったのでしょうか。

太田: アシスタント・コーチくらいでは、月の給料は5万円くらい。それもレスリングシーズンだけで、終わると無給になります。それでも、アメリカ全土にどのくらいのレスリングチームがあるかご存知ですか? レスリング人口は、シーズン開始時には200万人とも言われます。日本の1万人ほどとは大きな違いです。アメリカでは、カレッジスタイルのコーチにお金を支払う訳で、フリースタイルの選手やコーチは、食べていけません。

Q: 試写会を見た若い人には、なぜ最後の場面につながったのか、よく分からなかった、という人がいました。何に注目して見ればいいでしょうか。

太田: 最後のシーンでは、一挙に8年の時間が過ぎています。ソウル・オリンピックの1988年から、アトランタ・オリンピック直前の1996年です。ジョン・デュポンが徐々に蝕まれて行く様子や、デーブも彼のもとを離れようとしていたこと、いろんな事が重なって事件に発展したと聞いています。しかし、ジョン・デュポンが、こうなってしまうことは誰にも予測できなかったのでしょう。お金がたくさんあっても幸せではなかったということでしょう。ジョン・デュポンが語るシーン、幼い頃から友人が居なかった話はとてもつらかった。デーブはそんな彼の唯一の理解者であり、友人であったはずなのに…。とても残念です。ジョン・デュポンは、彼の母に自分を見てほしかった。それがレスリングだったのでしょう。


 







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