【リオデジャネイロ特集】カナダでグレコローマンの普及を目指す岩井一師さん（日体大ＯＢ）

（文・撮影＝布施鋼治）

　リオデジャネイロ・オリンピックのレスリング会場では、カナダ在住の日本人の姿があった。トロント近郊のロンドンに居を構える岩井一師（かずのり）さん。

　日体大在籍時にはレスリング部で、松本慎吾・現監督や笹本睦・全日本コーチと同期。父は国際審判員として活躍した角夫さん（大阪在住）。現在、カナダの地方都市で「レスリング」をキーワードに様々な試みに励んでいる。

　──なぜカナダへ？　

　岩井　日本では広島商船高専で働いています。准教授という肩書です。そこに「在外研究システム」という海外で研究できる制度があり、去年の夏、運良く採択していただき、海外に行けるチャンスを得ることができました。今はトロントから車で片道２時間ほどのところにあるロンドンという町のウエスタン大学でお世話になっています。

リオデジャネイロでグレコローマンを観戦する岩井一師さん

　岩井　レスリング部があるということが大きな魅力のひとつでした。部のコーチにカナダ代表としてオリンピックにも出場したレイ・タカハシさんという方がいます（注＝日本協会の高田裕司・現専務理事が1984年ロサンゼルス・オリンピックの３位決定戦で闘った選手）。もうひとつの決め手は、僕は日本レスリング協会のスポーツ医科学委員のメンバーでして、カナダでもスポーツ医学の研究を続けています。いま世界各国のオリンピック代表に医科学チームがつくのは当たり前になっていますが、世界で初めてチームに帯同したのはカナダのウエスタン大学なんですよ。

　──そうなんですか。

　岩井　よく、「スポーツには運動と休養と栄養が必要」といわれている。そのひとつひとつをちゃんとしないと記録は伸びない。僕はレスリングを科学的にとらえたい。ベースト・オン・ザ・レスリング──。根拠に基づいたレスリングという考えがベースにある。その先にはレスリング・リテラシー（応用力）というレスリングに関するすべてのことをサイエンスとして捉えるという考えもあるんですけどね。

　──壮大な夢とロマンですね。

　岩井　昔は、「練習中や試合中に水を飲むな」とか。「夜中にたたき起こされて練習」という根性論がまかり通る時代があった。当時はそれでよかったかもしれないけど、オリンピックという大舞台で金メダルを獲るには、イチかバチかで挑戦するのではなく、データに基づいて勝っていくことが必要で、まだまだやれる余地があると思う。カナダではレスリング研究ととともに、グレコローマンの種植えもしたいと思っているんですよ。

　──グレコローマンの種植え？

　岩井　いま、ウエスタン大学のグレコローマンのヘッドコーチをしています。カナダはフリースタイルにしか予算が下りない。世界選手権に出るとなっても、自腹を切らなければならない。

　──カナダはフリースタイルと女子なんですね？

　岩井　そうなんです。女子で全階級代表を出しているのは日本とカナダだけなんですよ。

　──そうした環境の中で、あえてグレコローマンを広めたいという野望があるわけですね。

　岩井　はい。「グレコローマンもいいんじゃないか」という思いを伝えたい。

　──グレコローマンの有望株は？

　岩井　さきほど話に出たレイ・タカハシさんの息子のスティーブン・タカハシ（24歳）が「グレコローマンをやりたい」と言っている。今年３月にアメリカと４月にモンゴルで行なわれたオリンピックのトライアルにも出場しました（パンアメリカン予選は３位、世界予選は21位）。彼は2020年の東京オリンピックに出場できる可能性を秘めていると思う。（日体大の）松本監督に「練習に連れていっていいか」と頼んだら、「いつでもいいよ」と答えてくれた。うれしかったですね。

　──近々の目標は？

　岩井　ロンドンには老若男女を問わず出られるレスリングの大会がある。そこで「グレコローマンもできないか」とレイさんに頼んでいるところです。スティーブン以外にもグレコローマンをやりたがっている選手は結構いるので、近いうちに実現させたいですね。