(文・撮影=布施鋼治)
日本レスリングの祖、八田一朗会長(1983年没)の次男、八田忠朗氏は、全米学生王者を経て、男女の全米ナショナルチームのコーチとして活躍。多くの選手を育て、時に日本選手の野望を打ち砕いてきた。2008年1月、吉田沙保里選手の連勝記録を「119」で止めたマルシー・バン・デシュセンは八田氏が指導し、作戦を与えたゆえの快挙だった。
2015年以降、米国から一時帰国した際、全国各地でレスリング・クリニックを開いている。今年は岐阜、福岡、沖縄など計8ヶ所で開催。7月29日には、東京・高円寺にあるプロ選手養成のジム「UWFスネークピットJAPAN」(以下スネークピット)で異色のクリニックを開いた。
同ジムの宮戸優光代表をアシスタントに、八田氏がフォークスタイルを中心にレクチャーしたのだ。フォークスタイルとは日本では「カレッジスタイル」の名前で知られ、米国の高校や大学で実施されているレスリング・スタイル。
なぜプロレスラーや総合格闘家を輩出するスネークピットが今回のクリニックを開いたかといえば、このジムで教えているレスリング・スタイル、「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」(以下CACC=関節技や絞め技のあるレスリング)がフォークスタイルの源流という説があるからだ。
「レスリングのルーツは一緒。CACCがアメリカに渡ってプロレスとなる一方で、フリースタイルになったと言われている。そういう中で、フォークスタイルはCACCの要素を残しているという話を聞いていました」(宮戸代表)
■フリースタイルでも必要なエスケープの技術
米国でナショナルチームも含め40年以上に渡ってレスリングの指導に当たってきた八田氏が最初にレクチャーしたテーマは、「いかにして人を倒すか」。例えば片足タックルを仕掛けても、相手がなかなか倒れないシチュエーションを、八田氏は分かりやすく解説した。
「片足を持つことで相手と通じていることになる。相手の支えになっているのは自分なんですよ。だったら、その支えを壊せばいい。相手の軸足をまっすぐ下がらせて(重心が)重くなった時点で倒す」
エスケープ・ポイント(グラウンドから逃げると1点)が設けられているのに加え、グラウンドで相手を抑えている時のクラッチを禁止しているフォークスタイルの実戦指導もあった。
日大と明治学院大で非常勤講師を務め、レスリング史家としても知られる今泉朝雄さんはエスケープのとり方が参考になったと証言した。「いまのレスリングはガチッと組んでしまうところがあるので、エスケープという発想がない。ガッチリ組むのがあるのとないのとでは全然違いましたね。(日本でも)フォークスタイルの練習をやった方がいいと思いました。フリースタイルでもそういう展開になることが絶対にあると思いますから。来た甲斐がありました」
■どんなレスリング・スタイルにも共通点はある!
質問コーナーになると、積極的に挙手する受講生がいた。スネークピット所属で総合格闘技プロモーション「パンクラス」の元バンタム級王者である井上学だ。井上が「がぶったけど、なかなか落とせない時にはどうしたらいいですか?」という質問を投げかけると、八田氏は「相手にくぐられるので、脇が前に出たらダメ」と切り出した。
「相手の脇に自分の頭を入れる。そうしたら相手はとられた方の腕を使えなくなる。引き落としても相手が粘る時には引っ張るだけでは足りない。自分が横をとるようにしないといけない」
受講後、井上はCACCとフォールスタイルと共通点と違ったところを感じることができたと思い返した。「技術的なことだけではなく、感覚的なことや戦略的なことも勉強になりました。自分なりに消化して自分の(総合格闘技の)スタイルに活かしたい」
クリニックは予定時間を30分以上もオーバーするほど熱のこもったものに。理にかなった八田氏の解説に、宮戸代表も何度もひざを叩いた。「力学的にどうやったら相手の重さが軽くなるのか。どの位置にいれば、自分は安全なのか。レスリングの成り立ちや深さを見せていただいたような気がします」
八田氏は、汗をぬぐいながら「世界中どこにいっても、レスリングは同じことをやっているから」と笑顔で振り返った。「だから、どんなスタイルにも共通点はある。話をしなくてもわかるんです。健康な限り、クリニックは続けていきたいですね」