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2019.07.26

【東京オリンピック1年前・特集】2度の東京オリンピック取材を目指す89歳の現役記者、宮澤正幸さん(3)

《No.2》

1924年、日本のレスリング選手で初めてオリンピックのメダルを取った内藤克俊選手(左)

 情熱を燃やした機関誌編集も、日刊スポーツの嘱託記者時代の1990年、後継者が現れ、バトンタッチすることとなった。25年間続けた仕事の合間の“楽しみ”とレスリング界への貢献。寂しい思いだったと思われるが、快くバトンを渡し、肩書や地位に固執することもなかった。

 むしろ、長年のライフワークに力を注げる環境になったことを歓迎する雰囲気もあった。それは、日本にレスリングが“輸入”される前、米国ペンシルベニア州立大学(ペンステート)で主将として活躍し、1924年パリ・オリンピックで銅メダルを取った内藤克俊さんの足跡を探ることだ。

 柔道二段だった内藤さんは単身渡米してペンステートへ入学し、レスリング部へ。その後、米国では移民による人口増加を制限するため排日移民法が制定され、肩身の狭い思いをしながら奮戦して全米王者へ。日米関係の好転を目指した政治家の肝入りで日本代表としてパリへ向かい、日本人で3人目のオリンピック・メダリストに輝いた選手だ(1,2人目は アントワープ大会・テニスの熊谷一弥、柏尾誠一郎)。

日本レスリング初のメダリストの消息を探し出す!

 機関誌編集から解放されて“自由の身”になった宮澤さんは、さっそくブラジルへ飛んだ。内藤さんは銅メダルを取ったあと、レスリングが存在しない日本ではなく、ブラジルへ移住し、ブラジルの開拓事業と柔道普及に人生を捧げた。したがって、日本のレスリング関係者で消息を知っていた人はいなかった。

1990年2月、ブラジルへ渡った宮澤さん。内藤克俊さんの長男・克寛さん(左)、大石八郎さんの兄でサンパウロ在住の龍男(5年前に死去)さんとともに、パリ大会3位のディプロマと記念撮影=本人提供

 “伝説の英雄”を探し出したのが宮澤さんだった。1964年東京オリンピックの試合会場に内藤さん夫妻の姿があったが、これは宮澤さんの尽力。内藤さんの伝記を書き上げることが、日刊スポーツを定年退職した頃の宮澤さんの目標だった。「ブラジルに3回、ペンステートにも3回、行きましたね」。日体大OBで、ペンステートのコーチを務めた大石八郎さんが行く度に面倒を見てくれた。

 日刊スポーツ在職中の1985年にも、世界初の女子の大会に挑む福田富昭・現日本協会会長や大島和子さんに同行してフランス・クレルモンフェランへ行き、帰途、一人でパリに残り、第8回オリンピックの跡を訪れたりもしている。「7月14日が、内藤さんが銅メダルを取った日なんですよ」と、記念日がそらで出てくるほど入れ込んでいる。

 異国で頑張る大関・小錦(ハワイ出身)に内藤さんの話を聞かせ、「(排日移民法の下で)ボクよりすごいですね」と言わせ、その言葉を端緒に内藤さんの記事を書いたこともある。「内藤克俊」では編集者も読者も飛びつかない。「小錦が憧れる日本人、なら関心を持ちますから」。別冊文芸春秋に長編記事「遥かなるペンステート、-幻の銅メダリスト・内藤克俊の生涯-」を執筆したのは1996年。

読売新聞が朝刊の1面で宮澤さんを紹介!

 同年のアトランタ・オリンピックは、内藤さんのペンステートの後輩になる阿部三子郎選手(東京・京北髙卒)が出場したこともあって向かった。帰途の飛行機の中、読売新聞朝刊の1面「編集手帳」に自分のことが掲載されていることを知った。「排日運動が強まった米国で多くの人に応援されて頑張った内藤克俊さんのことを紹介し、その内藤さんを追いかけているのが宮澤正幸さん」との記事。

1996年8月3日付けの読売新聞1面で紹介された宮澤さん

 同行していた協会役員がキャビンアテンダントに「この記事、この人のことだよ」と説明すると、機長から銀のお盆にケーキとアイスクリームが届けられたという。「飛行機は、縁起のいい人が乗っているのが分かると、そういうサービスをするみたいですね」。

 内藤さんの記事は、別冊文芸春秋以外にも数多く書いたが、単行本として発刊したい目標は実現していない。もうひとつ、1984年にスポーツ雑誌「Number92」に執筆した「オリンポスの果実の真実」も、肉付けして発刊したい記事。1932年のロサンゼルスオリンピックにボート選手として出場した作家・田中英光の名作「オリンポスの果実」を掘り下げた記事だ。夢の二本立て発刊はなるか。

 紙媒体が斜陽で出版不況の時代、かなり厳しいと思われるが、その思いはあきらめていない。「東京オリンピックまでにできないかな、と思っています」。母校・拓大から悲願のオリンピック金メダリスト(2012年ロンドン大会の米満達弘)が誕生しただけに、この思いも人生の終止符を打つ前に実現したいようだ。

《続く》







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