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2020.05.16

【担当記者が見たレスリング(3)】語学を勉強し、人脈をつくり、国際感覚のある人材の育成を期待…柴田真宏(元朝日新聞記者)


(文=元朝日新聞記者・柴田真宏)

 スポーツを長年取材していると、「すごい」とうなるような場面に出くわすことは珍しくない。一流選手が繰り出す神業のようなテクニック、人間離れしたスピードやパワーを間近で見られるのは、スポーツ記者の醍醐味の一つだ。

 もう一つ、めったに味わえない喜びもある。スポーツに接して、「美しい」と感じる瞬間だ。磨き抜かれた精緻なフォームや、極限まで鍛えられた選手の体つきを見て、そこに「美」を感じ取ることがある。

レスリング初取材だった2005年7月の菅平合宿。ヘラクラスのような肉体の躍動に驚いた!

 2005年に私が初めてレスリングの取材をした時に感じたのは、「すごさ」よりも「美しさ」だった。学校の教科書に載っているギリシャ彫刻のような肉体をした選手たちが、マットの上でぶつかりあっている。その光景を目にして、まるで芸術のようだ、と思った。

 世界選手権(ハンガリー)に向けた、長野・菅平での男子代表合宿だった。おずおずと取材に訪れた私を出迎えたのは、富山英明・強化委員長(当時=現日本協会副会長)だった。富山さんは「ここにおいでよ」と、隣の椅子に私を座らせ、基本的な技の種類から選手一人ひとりの特長や欠点まで、練習を眺めながら丁寧に解説してくれた。

 初対面の記者に対する、あまりにも気さくで、親切な対応に驚いた。同時に、私の目は選手たちの力強い動きと躍動感にくぎ付けになった。

 練習が終わると、選手たちへの取材の機会をいただいた。本来なら練習が終わって休憩できるはずのギリシャ彫刻たちは、汗で光る肉体をさらしたまま、自分のインタビューの順番をじっと待っていてくれた。

吉田沙保里も伊調馨も単調な練習を地道に繰り返していた

 以降、レスリングが好きになり、オリンピックや世界選手権をはじめ、多くの大会や試合を取材させてもらった。日本男子は脈々と続くメダルの伝統をしっかりと受け渡していき、女子では吉田沙保里や伊調馨が国民的なスターに成長した。

 練習場にも何度も足を運んだ。レスリングの練習は、基礎体力づくりが大きなウェイトを占める。いくら高度なテクニックを持っていても、パワーで圧倒されたら勝負にならない。相手に力負けしないパワーが土台にあって、はじめて技術が生きる。

2005年世界選手権(ハンガリー)。坂本日登美の復活優勝で藤川健治コーチを取材する筆者(右)

 だから、レスリングのトレーニングの多くは地味だ。あれほど才能に恵まれた吉田も伊調も、単調なトレーニングを地道に繰り返していたのが印象に残っている。
 
 誰が強いのか力比べをしようと、古代ギリシャ時代から多くのアスリートがこの競技に取り組んだ。そのために作り上げられた身体の自然な美しさこそが、レスリングの大きな魅力のひとつだと思う。メディアはどうしても勝敗や技術面を取り上げがちだ。レスリングにしかない魅力をもっとアピールできないものかと、取材しながら常々感じていた。

 ところで、世界のスポーツは現在、新型コロナの甚大な影響を受けている。ほとんどの大会や試合は中止になり、東京オリンピックは延期になった。試合がなく、十分な練習もできないアスリートたちは、いま何ができるだろうか。スポーツは社会に、いったい何を提供できるのだろうか。

 コロナ禍が発生する前、日本オリンピック委員会(JOC)の関係者から、こんな言葉を聞いたことがある。「これからの日本のスポーツ界は、サッカー出身者が中心になっていくんじゃないかと思っています」。

スポーツに求められているのは、メダルだけではない

 サッカー界では活躍の場を求めて海外に挑戦する選手が多い。彼らは必死になって現地で語学を勉強し、人脈を築き上げ、国際感覚を身につける。そうしないと海外では生き残っていけないからだ。

 最近、本田圭佑選手(サッカー)やダルビッシュ有選手(大リーグ)ら、海外で実績を上げた選手たちの中から、社会に向けて積極的にメッセージを発信する動きが出てきている。トップアスリートが自らの影響力を使って世の中を変えていこうとする活動は、世界では珍しくない。

日本人の理事が不在となったUWWの総会。今、日本レスリング界に必要なことは語学に精通した国際的な人材の育成。

 日本選手にも、ようやくそうした人材が出始めたのだ。中国のリーグで活躍した卓球の福原愛さんは、流ちょうな中国語を生かして中国や台湾と日本との橋渡し役を果たしている。これもスポーツの役割の一つだろう。

 レスリングは西欧や米国だけでなく、ハンガリーやルーマニアなどの東欧諸国、アゼルバイジャンやジョージアといった旧ソ連の国々でも盛んだ。中東のイランでも絶大な人気を誇っている。もしロシア語やペルシャ語を駆使してこうした国々との橋渡しができる日本選手が現れれば、社会に大きな貢献ができるのではないか。

 レスリング関係者から「マイナースポーツはメダルを獲って注目を集めないと、生き残れない」という話を聞くことがある。その考えはよく理解できるし、それが現実だと思う。だけど、時代は変わり始めている。スポーツやアスリートに求められるものは、メダルだけではなくなってきている。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、登坂絵莉選手や吉田沙保里さんらはSNSに動画を投稿してメッセージを伝えている。いまこそ、こうした動きを広げるチャンスだ。レスリングならではの魅力や世界的つながりを、社会に生かす手はないだろうか。レスリングには、大きな可能性が広がっていると思う。

柴田真宏(しばた・まさひろ) 1970年生まれ、福岡県出身。元朝日新聞記者。1997年に入社、スポーツを中心に取材し、ブラジル特派員やスポーツ部デスクを務めた。レスリングは2005年から取材を始め、2008年北京オリンピックや2016年リオデジャネイロ・オリンピックオリンピックのほか、アジア大会や世界選手権でも選手たちの活躍を追った。

担当記者が見たレスリング

■2020年5月9日: もっと増やせないか、「フォール勝ち」…粟野仁雄(ジャーナリスト)

■2020年5月2日: 閉会式で見たい、困難を乗り越えた選手の満面の笑みを!…矢内由美子(フリーライター)








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