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2020.08.29

【担当記者が見たレスリング(17)】女子最強軍団の強さの根源は「マナーの向上」だった!…来住哲司(毎日新聞)

(文=毎日新聞・来住哲司)

 練習後のマット上に小机がいくつか置かれると、卓上にビールや料理などが並べられ、やがて酒盛りが始まった。2008年3月26日、愛知県大府市にある中京女大(現至学館大)レスリング部道場。

オリンピック・メダリストをのべ14人輩出した中京女大(現至学館大)。その強さの根源は?=2005年12月、同大学レスリング場

 卒業する4年生部員たちを送る会が開かれ、学生部員たちに加え、普段からそこで練習している若手OGの吉田沙保里、伊調千春、伊調馨各選手や栄和人監督が参加していた。たまたま取材に訪れていた私も、誘われて酒席に連なった。

 吉田選手や伊調姉妹は後輩たちに「ほら、飲め~!」などと酒類をついで回り、「一気飲み」の矛先を栄監督や私にも向けてきた。当時38歳の私は「昭和の体育会のノリ」のにぎやかな飲み会を楽しみつつ、この場所から世界トップ選手たちが次々誕生するのはなぜだろう、という疑問が頭から離れなかった。

 私は2004年秋から4年余り、東京運動部でレスリングを担当。2007年春以降は吉田選手の聞き書き形式の連載コラムを受け持ったこともあり、彼女に毎月1回以上取材していた。当初は「名選手を数多く育てる中京女大の練習とはどのようなものか」という興味があった。

感性が乏しいと実力を伸ばせない

 実際に訪れてみると、付属校の至学館高の選手を含めて20数人がサーキットトレーニングやスパーリングなどを黙々とこなし、栄監督が時折実演しながらアドバイス。特別な練習メニューはないし、スパルタ的な猛練習でもなく、少し拍子抜けした。

中京女大(現至学館大)を抜き打ちで訪問したお笑いタレントの江頭2:50(右から2人目)とポーズを取る吉田沙保里選手、伊調千春選手、伊調馨選手=2008年7月19日(筆者撮影)

 その飲み会から5ヶ月後の北京オリンピックで、女子55kg級の吉田選手と女子63kg級の伊調馨選手が2004年アテネ・オリンピックに続く連覇を飾り、女子48kg級の伊調千春選手は同じく銀メダル。その後も至学館大はオリンピック・メダリストを輩出している。世界一になるには何が必要なのか。

 当時、「強い選手を育てる秘訣」を栄監督に聞くと、こんな答えが返ってきた。「強くなるにはマナーをきちんとして感性を磨かないと駄目。そうすると、どうやったら強くなるか、どうやったら相手の気持ちが読めるかが分かってくる。指先から頭の先まで神経が行き届くようになると強くなる。考え方に柔軟性も出てくる。感性が乏しいと、壁にぶつかった時に投げやりになったり、自分の限界を感じたりすることになるんです」。

 もちろん、栄監督はレスリングの確かな技術論を持っているわけだが、「あいさつはきちんとしろ」「ゴミを拾え」などといった生活指導で選手の感性を磨いていくという持論は興味深かった。ただし、それが本当に正しいのか、私には分からない。こうした精神論的な指導を否定する向きもあるかもしれない。

時代に即した指導や強化のあり方を

 栄監督は2018年に伊調馨選手らへのパワハラを告発され、その関連で監督職を一時離れた(2019年に復帰)。吉田選手からは「栄監督はずっと一緒にいるので、父みたいな感じ。厳しかったり、優しかったりと指導にメリハリがある。すごい人」と慕われていた。人間関係には相性があるし、同じ指導法でも選手によって、合う、合わない、はあるだろう。

パワハラ騒動を受け、専門家を招いてハラスメント防止の講義を何度も実施している日本協会=写真は2018年9月

 2年前の騒動を、私は大阪運動部デスクとして複雑な思いで眺めていた。直接取材したわけではないので、内情はよく分からない。レスリング界にとってイメージダウンだったが、栄監督を含めて関係者が時代に即した指導や強化のあり方などを自省し、再考するいい機会になったとも思っている。

 今後も、選手と指導者・協会は強化に向けて従来の方法を踏襲するのではなく、それぞれの立場で試行錯誤を重ねながら取り組んでほしい。レスリングが「日本のお家芸」であり続けることを願っている。

 私はといえば、あのマット上での飲み会が遠い過去になったことを実感し、少し寂しい思いでいる。

来住哲司(きし・てつじ)1969年、東京都生まれ。1992年、毎日新聞社入社。1998年から大阪本社運動部や東京本社運動部で野球、ボクシング、柔道、レスリング、スケート、アメリカンフットボールなどを担当。オリンピックは2006年トリノ(冬季)、2008年北京、2010年バンクーバー(冬季)各大会を取材した。大阪本社運動部副部長を経て2020年4月から大阪事業本部事業部副部長。

担当記者が見たレスリング

■8月22日: スイミングクラブや体操教室ぐらい身近な競技に!…金島淑華(朝日新聞)
■8月15日:台頭する都市型スポーツ! レスリングの危機は去っていない…船原勝英(元共同通信)
■8月8日: マイナーからメジャーへ変貌! 選手はもっと主張していい…山口大介(日本経済新聞)
■8月1日:今はオンライン取材だが、いつの日か発信力を取り戻してほしい…牧慈(サンケイスポーツ)
■7月25日:IOCに「認められる」のではなく、「認めさせる」の姿勢と誇りを…森田景史(産経新聞)
■7月19日:弱さを露わにした吉田沙保里、素直な感情と言葉の宝庫だったレスリング界…首藤昌史(スポーツニッポン)
■7月11日:敗者の気持ちを知り、一回り大きくなった吉田沙保里…高橋広史(中日新聞)
■7月4日: “人と向き合う”からこそ感じられた取材空間、選手との距離を縮めた…菅家大輔(日刊スポーツ・元記者)
■6月27日: パリは燃えているか? 歓喜のアニマル浜口さんが夜空に絶叫した夜…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月20日: 父と娘の感動の肩車! 朝刊スポーツ4紙の一面を飾った名シーンの裏側…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月13日: レスリングは「奇抜さ」の宝庫、他競技では見られない発想を…渡辺学(東京スポーツ)
■6月5日: レスラーの強さは「フィジカル」と「負けず嫌い」、もっと冒険していい…森本任(共同通信)
■5月30日: 減量より筋力アップ! 格闘技の本質は“強さの追求”だ…波多江航(読売新聞)
■5月23日: 男子復活に必要なものは、1988年ソウル大会の“あの熱さ”…久浦真一(スポーツ報知)
■5月16日: 語学を勉強し、人脈をつくり、国際感覚のある人材の育成を期待…柴田真宏(元朝日新聞)
■5月9日: もっと増やせないか、「フォール勝ち」…粟野仁雄(ジャーナリスト)
■5月2日: 閉会式で見たい、困難を乗り越えた選手の満面の笑みを!…矢内由美子(フリーライター)







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