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2020.09.12

【担当記者が見たレスリング(19)】連勝ストップの吉田沙保里に、「自分から攻めたんか? ならいい」と父・栄勝さん…寺西雅広(中日新聞=元中日スポーツ)

(文=中日新聞/元中日スポーツ・寺西雅広)

 私ごとだが先日、中学3年生の息子からスマートフォンを取り上げた。いや、だって受験生ですよ。友達とLINEやっている場合じゃないし、ポケモンGOで「ゲットだぜ」と言っている暇があるなら、連立方程式の一つでも解きなさい、なんて親子問答があった。こんなグダグダした育児の悩みを抱えるとふと思い出す。頑固一徹、故吉田栄勝さんだ。

頑固一徹のスパルタで我が子を育てた吉田栄勝さん、オリンピックのマットで愛娘から肩車をされた=2012年ロンドン・オリンピック(撮影・矢吹建夫)

 「ゲーム機があるから、けんかする。だから壊しました」

 言わずと知れた吉田沙保里の文字通り「生みの親」。息子2人と娘を幼少期から鍛え上げたが、その頑固親父ぶりはすさまじい。「子どもたちが奪い合うから」とゲーム機にカナヅチを振り下ろし、テレビを破壊し、電話機を壁に投げつける。

 娘が「ピアノをやりたい」と言っても「それで強くなるんか?」と一蹴。2008年北京オリンピックへ向けてレスリングを担当していた時、自宅で話をうかがったが、東北なまりで語られるエピソードが強烈すぎて、失礼ながら何度も笑ってしまった。

 青森県生まれ。国体強化で三重県の職員となり、そのまま根をおろした。左手首を骨折した吉田沙保里に対し、手首にボルトが埋まったまま試合に出場させた「鬼エピソード」は有名だが、息子たちへのスパルタも相当なもの。道場から放り出し、「長男は3度、死なせてしまったと思った。教育委員会から指導が来たよ」と苦笑する公務員はそういないだろう。     

厳しさだけでは人はついていかない、必要なものは情熱

 ただ、厳しさだけでは人はついていかない。後の霊長類最強女子を筆頭に幾多の猛者を育て上げた源泉は、人並み外れた情熱にあったと思う。練習はお盆と正月以外は毎日。それもただの練習じゃない。日本の頂点、世界の頂点を狙う練習だ。

2008年に全日本コーチとなったあと、セコンドとして吉田沙保里選手を支えた=写真は2012年世界選手権(カナダ)

 そのレベルの指導にどれほどの集中力と根気と辛抱が必要か。こっちは息子の夏休みの宿題を手伝うだけでもしんどいのに、仕事を終えてから鬼の厳しさを持って教え続けたという事実にただ恐れ入る。

 栄勝さんも道場を始めたころは「練習は楽しく」がモットーだった。だが、初めての大会で教え子は26人全敗。保護者に「勝たせてあげてほしい」と懇願され、心を決めた。結果、厳しすぎてわが子3人以外は全員、辞めてしまうのだけど…。

 「勝つ練習はある。だけど、耐えられないと思いますよ、と言ったんだ。それでもいいとお願いされてね」

 元全日本王者。オリンピック出場にもあと一歩まで迫った。勝つ難しさは知っている。それ以上に継続する苛烈さも。だからこそ「勝つ」と決めたからには徹底した。妥協を許さず、手には竹刀も握った。

 方針転換後、門をたたいてきたのは覚悟を持った本気の子たち。「やるからには全員勝たせたい。1人だけじゃない。全員です」。マット1面分もなかった小さな道場に熱気は満ち、何人ものチャンピオンが生まれた。

是非の声がある「栄勝流」だが、熱量を否定する気にはなれない

吉田沙保里の連勝ストップのシーン。タックルで攻めながら、返されてしまった=2018年ワールドカップ(中国)

 昨今はコンプライアンスが叫ばれ、レスリング界も時代の波に揺れる。「栄勝流」には是非の声もあるだろう。実際、鉄拳は許されるべきではないし、おそらくさほど効果もない。だけど、あの圧倒的な熱量を「古い」のひと言で否定する気にもなれない。

 試合会場や合宿を訪ねる度、選手やコーチから感じたのは栄勝さんと同じ熱。レスリング取材が好きな記者が多いのは、裏表のない人間くささに惹かれるからだ。

 2014年3月、くも膜下出血で急逝した栄勝さん。61歳の訃報は会社からの電話で知った。頭に浮かんだのは北京オリンピック直前、中国でのワールドカップで吉田沙保里が初めて外国人選手に負けた時のこと。連勝が「119」で止まり、泣きじゃくる娘からの電話を受けた父の言葉は「自分から攻めたんか? ならいい。帰ってこい」だった。

 いかつい風貌の父が見せた、ぶっきらぼうな優しさ。ひときわ好きなエピソードである。

寺西雅広(てらにし・まさひろ)1974年、石川県生まれ。1999年、中日新聞社入社。2002年から中日スポーツでプロ野球・中日、アマ野球、ゴルフ、大リーグデスクなどを担当。オリンピックは2008年北京大会を取材した。2015年から中日新聞運動部。

担当記者が見たレスリング

■9月5日: いつの日か、ヘビー級で日本人世界王者が誕生してほしい!…渋谷淳(スポーツライター)
■8月29日: 女子最強軍団の強さの根源は「マナーの向上」だった!…来住哲司(毎日新聞)
■8月22日: スイミングクラブや体操教室ぐらい身近な競技に!…金島淑華(朝日新聞)
■8月15日:台頭する都市型スポーツ! レスリングの危機は去っていない…船原勝英(元共同通信)
■8月8日: マイナーからメジャーへ変貌! 選手はもっと主張していい…山口大介(日本経済新聞)
■8月1日:今はオンライン取材だが、いつの日か発信力を取り戻してほしい…牧慈(サンケイスポーツ)
■7月25日:IOCに「認められる」のではなく、「認めさせる」の姿勢と誇りを…森田景史(産経新聞)
■7月19日:弱さを露わにした吉田沙保里、素直な感情と言葉の宝庫だったレスリング界…首藤昌史(スポーツニッポン)
■7月11日:敗者の気持ちを知り、一回り大きくなった吉田沙保里…高橋広史(中日新聞)
■7月4日: “人と向き合う”からこそ感じられた取材空間、選手との距離を縮めた…菅家大輔(日刊スポーツ・元記者)
■6月27日: パリは燃えているか? 歓喜のアニマル浜口さんが夜空に絶叫した夜…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月20日: 父と娘の感動の肩車! 朝刊スポーツ4紙の一面を飾った名シーンの裏側…高木圭介(元東京スポーツ)
■6月13日: レスリングは「奇抜さ」の宝庫、他競技では見られない発想を…渡辺学(東京スポーツ)
■6月5日: レスラーの強さは「フィジカル」と「負けず嫌い」、もっと冒険していい…森本任(共同通信)
■5月30日: 減量より筋力アップ! 格闘技の本質は“強さの追求”だ…波多江航(読売新聞)
■5月23日: 男子復活に必要なものは、1988年ソウル大会の“あの熱さ”…久浦真一(スポーツ報知)
■5月16日: 語学を勉強し、人脈をつくり、国際感覚のある人材の育成を期待…柴田真宏(元朝日新聞)
■5月9日: もっと増やせないか、「フォール勝ち」…粟野仁雄(ジャーナリスト)
■5月2日: 閉会式で見たい、困難を乗り越えた選手の満面の笑みを!…矢内由美子(フリーライター)







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