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2021.01.22

日本とも“因縁”の深い元FILA審判委員長、マリオ・サレトニグ氏(カナダ)が死去

マリオ・サレトニグ氏

 カナダ・レスリング協会のホームページは1月18日、国際レスリング連盟(FILA=現世界レスリング連盟=UWW)の副会長や審判委員長を務めたマリオ・サレトニグ氏(カナダ=年齢不詳)が死去したことを報じた。世界レスリング連盟(UWW)も1月20日にホームページに掲載した。死亡日時や死因は報じられていない。

 日本協会は、何度か来日し、日本協会とも交流の深かった同氏の死去に対し、深い哀悼の意を示した。

 同氏は1986年に審判としてFILAに加わり、2000年から2010年までFILA副会長に就任。審判委員長も務め、ラファエル・マルティニティー会長(スイス)を支えた。同協会によると、4回のオリンピックと25回の世界選手権に参加しているという。

 日本とも何かと縁が深い。2004年アテネ・オリンピックで、笹本睦選手がオリンピック3連覇を目指すアルメン・ナザリアン(ブルガリア)をリフトし、崩れて不発に終わったが、レフェリーはナザリアンの手が笹本の脚をタッチしたとして反則と判定。笹本選手に2点を与えた。サレトニグ審判長は「ビデオに映っていない」としてこれを却下し、ナザリアンに2点を与えて笹本選手の勝利は幻へ。日本陣営の撮影したビデオにはナザリアンの手が笹本の脚に触れているシーンがはっきり映っており、福田富昭会長も猛抗議したが判定は覆らなかった(関連記事)。

2006年11月に東京で行われたコーチ・クリニックに来日し、ルール指導を行うサレトニグ氏

 2007年世界選手権(アゼルバジャン)では、浜口京子選手スタンカ・ズラテバ(ブルガリア)がともに技をかけ、微妙なアクションだったにもかかわらず、ビデオチェックすることなしにズラテバのみにポイントを挙げた3人の審判員を「明らかな誤審。1人がおかしいと訴えて協議を求めたにもかかわらず、無視したことは規定違反」として降格処分を下し、翌年の北京オリンピックの審判団から外した。サレトニグ審判長は「浜口のポイント。100パーセント、ミステーク」と断言した(関連記事1関連記事2)。

 2008年1月の女子ワールドカップ(中国)で吉田沙保里選手が敗れた試合は、タックルで吉田選手にポイントが入りながら、審判長の権限で試合を止め、相手のタックル返しが優勢と判定。吉田の黒星につながった(関連記事)。

 2ヶ月後の北京オリンピック・アジア予選(韓国)の男子フリースタイル55kg級決勝では、松永共広選手がクリンチ(当時のルール)からテークダウンされ、いったんは負けにされながら、サレトニグ審判長が介入して松永選手のタックル返しにポイントを与え、北京オリンピックの出場資格を獲得した(関連記事)。

2007年11月の女子世界合宿・コーチクリニックでFILAのマルティニティー会長(右)とともに来日したサレトニグ氏。中央はFILA副会長だった福田富昭・日本協会会長

 2009年にビデオチェックはセコンドによる要求があって実施するルール(チャレンジ)ができ、審判長といえども安易に判定に介入できないようにしたのは、マリオ審判委員長の強大な権力に対する反動だったとも言われている。

 しかし、審判委員長を退いてもそのパワーは続いた。殿堂入りした直後の2012年9月の地元カナダでの世界女子選手権には、大会の審判長として参加。48kg級決勝で登坂絵莉選手の手が上がりながら、判定に介入し、チャレンジをめぐって日本陣営には納得のできない判定を下し、登坂選手の初の世界一が幻となった(関連記事)。

 2013年の国際オリンピック委員会(IOC)理事会によるレスリングのオリンピック競技からの除外決定(総会で除外を免れる)を受け、マルティニティー会長が失脚したあとは表舞台から姿を消していた。







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