高体連レスリング専門部が粋なはからい-。2021年風間杯全国高校選抜大会の最終日、この大会を最後に勇退する松尾新・審判員(奈良・大和広陵高教)の“引退式”が行われた。同審判員は最後の試合を裁いたあと、マットの中央にホイッスルを置き、正座して一礼し、マットに別れを告げた。
これまで、定年退職することで高校大会の審判を勇退する審判員がいても、特別なセレモニーが行われることはなかった。今大会は、沖山審功判委員長(香川・香川中央高教)ほかの発案で、唯一勇退する松尾審判員を個人戦の最後の試合のレフェリーに起用。その後、全審判員がマット脇に集まってねぎらうセレモニーが行われた。
「あいさつを」という声に、同審判員は長年の思い出が脳裏をよぎったのか、なかなか言葉が出てこない。あっという間に目から大粒の涙が流れ落ち、やっとの思いで「レスリングやってきまして、最後、沖山先生のおかげで、皆さんのおかげで、ここまでやってこられました。ありがとうございました」とあいさつ。盛大な拍手が沸き起こった。
「セレモニーをやる、とは伝えられたけど、まさか本当にやるとは思わなかった」と、感激いっぱいの松尾審判員。引退する審判員特有のホイッスルをマットの中央に置く儀式はアドリブだったようだ。
至学館大の栄和人監督は、高校時代の米国遠征で一緒になり、日体大~奈良県教員と行動をともにしてきた同僚。周囲、特に日体大のほぼ同年代のOBもそのことを知っているので、大泣きの写真がすぐに何人からも送られてきたという。「オレがロサンゼルス・オリンピックを逃し、2ヶ月ぐらい引きこもりになった時、親身になって励ましてくれたのが松尾です。『食べなければ駄目だ』と買い出しもしてくれ、ごはんを食べさせてくれた」とのこと。
「彼がいなければ、ソウル・オリンピックには出られなかったし、今の自分はない。恩人です。長い間、ご苦労さまでした」と話した。
沖山審判員長は、4月から委員長を猿田充審判員(山梨・都留興譲館高教)に譲ることになっており、来年以降もこうしたセレモニーをやるかどうかは、次期委員長ほか新執行部の意思となるが、評判がよかったので、「ぜひ続けてもらい、地味な存在の審判員の苦労をねぎらってほしい」と希望を話した。
そうなると、いずれは自身も送られる立場になるが、「私は絶対に泣きません」ときっぱり。さて、どうなるか?