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2021.05.06

【特集】シルクロードの交易都市で燃えた選手を追う…カザフスタン遠征日記(3)完《布施鋼治》

《第1回》 《第2回》

4月15日(金)~16日(土)

 アジア選手権の第3・4日は女子。本来ならば、アジア選手権の中で最多メダル獲得デーになる予定だったが、離日直前に日本の女子チームは濃厚接触者が出たため遠征を断念。

 さらに、アジア予選に出場した中国も参加を取りやめ、東京オリンピックへの不参加を表明した北朝鮮は今大会にも不参加となったため、少々寂しいメンバーでの開催となった。

 その一方で、ウォームアップ場でのモニター観戦のマナーが問題となっていた。マスクなしに会話をしながら観戦する選手や観戦者があまりにも多かったからだ。日が経つごとに咳をする者も明らかに増えた。ゴミ箱に直接吐瀉物を吐き出す者も。少しは飛沫のリスクを考えてほしい。

 日本の指導陣の中にはリスクを回避するためにモニター観戦を諦め、持参したタブレットで見る者も。途中でマスクなしの選手や関係者を注意する係が現れたが、指導が徹底されるわけではなかった。昨今の感染状況を考慮すれば、もっと注意を払うべき問題だろう。

▲女子がスタート。マスクなしの密状態でモニターを見る選手たち


4月17日(土)

▲闘いに備えて休憩中の乙黒拓斗選手を、こっそり撮影!

 アジア選手権第5日は男子フリースタイルの初日。65㎏級の乙黒拓斗(自衛隊)が登場し、周囲の期待通りに大会V2を果たした。自衛隊体育学校に入校後、レスリングの練習だけではなく、社会人としてのマナーも学んでいるようで、試合後の受け答えは以前と比べると格段にしっかりしていた。

 兄で74㎏級の圭祐(同)は、翌日に自分の試合が控えていたので拓斗のセコンドにはつかなかった。拓斗が社会人になったことで、いい意味で兄弟離れしてきたか。兄弟といえば、86㎏級の隼士とともに今大会に出場した97kg級の石黒峻士(新日本プロレス職)は初戦の2回戦で敗れたものの、3位決定戦に回り銅メダルを獲得した。

 この日でホテルの特設売店が閉店をアナウンス。しかし、陳列された品物が安くなることはなかった。大会の記念Tシャツも売っていたが、一度洗濯すると激しく色落ちし、縮んでしまう品質だった。残念!

▲今や世界の顔、乙黒拓斗選手には記念撮影のリクエストが相次いでいた

▲乙黒兄弟だけでなく、石黒兄弟もよろしく。右が兄の峻士、左が弟の隼士


4月18日(日)

マスクなしでモニターを見つめる外国選手達

 アジア選手権第6日(最終日)。国際大会の取材は途中で曜日の感覚が完全に消え失せる。今回のように2大会連続となればなおさらそうだ。最終日といわれても、正直ピンとこなかった。

 試合の結果もさることながら、この日の夜に受けるPCR検査の結果が気になった。「カザフスタンで陽性になったら、いったいどうなるのか」。その答えは誰も用意していなかった。

 試合の方は61kg級の嶋江翔也選手(佐賀県協会)が銅メダルを獲得した。嶋江選手は出身高校である佐賀・鳥栖工高で教員をやりながら自身の練習にも余念がない教員レスラー。試合前は「ヘタな試合をしたら、生徒に何を言われるかわからない」と語っていたのが印象的だった。

 試合後、嶋江選手に「胸を張って地元に帰れますね」と声をかけると、「(3位決定戦の)最後はちょっと守りに入ってしまったから…」と頭をかいていた。

 兄に続け、とばかりに3位決定戦に回った石黒隼士は残念ながら敗れて5位に。期待が最も高かった乙黒圭祐(自衛隊)は、後半やりたいことができぬまま初戦で敗れた。74㎏級の決勝戦が始まると、圭祐は拓斗とともにモニターを熱心に見入っていた。巻き返すしかない。

▲地方の高校教員で参加の嶋江翔也。銅メダルを獲得


4月19日(月)

 前日夜に受けた検査の結果は全員陰性という報告にホッ。これで全員無事に帰国できる。しかしながら、「カザフスタンの検査では、陽性者は出ない」という噂があったことも事実。後日、韓国チームが帰国した際、6名もの感染者が出たことは何を意味するのか。

 昼間、前日の男子フリースタイル125㎏級で国際大会初優勝を果たした地元のオレッグ・ボルチン(新日本プロレス職=山梨学院大卒)に電話インタビュー。夜はボルチンが日本チームの泊まるホテルを訪れ、チョコレートなどカザフスタンのお土産をチーム全員にプレゼントしてくれた。

 ボルチンは日本チームが外出できないという事情を知ったうえで、お土産を持ってきてくれたのだろう。なんという太っ腹。滞在中はずっと日本チームにつき、ボランティア・スタッフを務めてくれたパーシャやアナーラからもプレゼントをもらった。この場を借りてお礼を言いたい。

▲新日本プロレス魂が爆発! 故郷でアジア王者に輝いたオレッグ・ボルチン=撮影・保高幸子<UWW>


4月20日(火)

 まだ夜が明けぬうちにホテルを出発。アルマトイの国際空港へ。搭乗するトルコ航空は預け荷物・機内持ち込み手荷物とも制限重量が厳しい。案の定、チェックインする列はなかなか前に進まず。結局。ギリギリになって出発ロビーに入ることに。

 わずかな時間ながら、これまで機会のなかった土産選びに熱中する選手もいた。ちなみに現地で人気のお土産はチョコレート、ハチミツ、ブラックティーなど。イスタンブールまでの飛行機はほぼ満席。後方だけ少し席の余裕があったが、そのスペースは具合の悪くなった客が座るための席だった。

 そのちょっと前方の席で、筆者はアジア選手権で団体優勝したイラン・チームに囲まれる形に。かつてテヘランまでひとりで取材に行った私にとって、イランに悪い印象はない。現地でよくしてくれた人も多かったので、いまだ感謝の気持ちの方が強い。

 しかしながら。今回のチームに限っていえば、マナーが悪すぎた。客室乗務員が「マスクをして」ときつく頼んでも、数秒後にはまたずらす。さらには席を激しく行き来してしゃべり続けるなど、その傍若無人ぶりは度を越えていた。

 彼らは自由という言葉を履き違えている。4月になってから、イランでは変異した新型コロナウィルスの感染が急速に拡大しているというニュースを思い出した。

 イスタンブールの空港では、往路と同じホテルで小休止。ランチボックスの中身は全く同じだった。ホテル向かい側のモールでは回転寿司屋を発見。しかし客は誰もいなかった。 

▲イスタンブール空港にあった回転寿司店。客はだれもいなかった


4月21日(水)

 東京行きのトルコ航空の出発時間は数時間遅延となったが、到着時間はほとんど変わらなかった。席も比較的すいていた。

 もっとも、帰国してからの手続きは、話を聞いていたとはいえ大変だった。事前に用意した何枚もの申請書を提出し、スマホに事前にインストールしたコロナ用のいくつものアプリの確認や説明を受け、最後はその場で抗原検査を受ける。

 全部で2時間ちょっとの時間を要しただろうか。長時間飛行機に揺られたことより、羽田に到着してからの検査の方が数倍疲れた。途中で係員にケンカ腰で絡む乗客もいた。疲れているのはわかるが、それはお互い様だろう。見ているだけで恥ずかしくなった。これから、各自2週間の隔離生活が始まる-。

▲羽田空港での帰国時PCR検査は、長蛇の列となった(プライバシー保護のため、加工しています)







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