長野・菅平で合宿している男子フリースタイルの全日本チームは6月24日、日本協会の伝統行事とも言える根子岳(標高2,207メートル)登山を実施。長く日本レスリング界を見守ってきた山の神に必勝祈願し、井上謙二・男子フリースタイル強化委員長(自衛隊)は「上り坂と下り坂をしっかりと行き来した。次は、人生で3つある坂のうちのもうひとつ、“まさか”をつかむべく全力を尽くす」と決意を新たにした。
メキシコシティー(標高2,250メートル)で世界選手権が行われた1978年、高地対策の一環としてスタートした菅平での合宿。高田裕司(フリースタイル52kg級=日本協会前専務理事)、富山英明(同57kg級=日本協会副会長)を筆頭に、数多くのオリンピックと世界選手権のチャンピオンやメダリストの輩出に貢献してきた。
味の素トレーニングセンターという近代的な施設ができ、各所属の練習施設も昭和の時代とは比べものにならないほどよくなっているが、同じ場所だけでやっていては、どうしてもマンネリの気持ちになってしまう。井上委員長は「自然の中でやることで、リラックスでき、自然のエネルギーをもらえている。高地で負荷もかかり、いい練習ができています」と合宿前半を振り返った。
オリンピック3連覇のアレクサンダー・カレリン(ロシア)が湖でのボート漕ぎで基礎体力を養ったのは有名だが、井上委員長は「アルメン・ナザリアン(ブルガリア=1996・2000年オリンピック優勝、デーブ・シュルツ(米国=1984年オリンピック優勝)なども自然の中での練習からパワーをもらっていたと聞いている」と話し、時に自然に囲まれた中で練習する必要性を訴える。
委員長自身も、2004年アテネ・オリンピックで銅メダルを取った前には、菅平での練習を経験し、最後に肉体を追い込み、気持ちを新たにして強化に取り組んだ経験を持つ。そのときに心にしみたのが、宿舎としてお世話になっている菅平プリンスホテルの大久保寿広社長の「人生には3つの坂がある」という言葉。上り坂と下り坂は誰でも思いつくが、もうひとつの坂は、だれの人生でも起こりうる「まさか」。
「いい『まさか』もあれば、悪い『まさか』もある。いい『まさか』は、つらいことでも苦しいことでも、前向きにチャレンジする者にやってくる」と聞かされ、その言葉が苦しい練習に向かっていくエネルギーとなり、「いい『まさか』をつくるんだ、という気持ちになった」と振り返る。
メダルを取るのは当たりまえの実力を持つ今回の代表チーム。「まさかの金メダル奪取」とは言わないが、「金4個」となれば、「まさか」と言われる成績と言えよう。その「まさか」をつかみとるため、自然のパワーをもらって残る1ヶ月強の練習にかける。
菅平合宿には初参加となる65kg級の乙黒拓斗(自衛隊)は「(開会式まで)残り1ヶ月を切りましたが、周りの人にサポートしてもらい、順調に来ています」といい仕上がり具合を口にする。山梨学院大時代は、時に野外のアップダウンがある場所で練習することもあったが、今年3月に自衛隊(埼玉・朝霞市)で生活するようになってからは、自然の中で練習する機会があまりなかった。「こういう自然の場所に来ると、うれしいというか、気持ちが盛り上がりますね」と歓迎モードだ。
世界選手権5位、アジア選手権優勝の成績を残しながら、シードを外れてしまったが、「関係ないです。優勝するには、だれにでも勝たなければなりませんから」と気にもとめていない。「1ヶ月後が楽しみです。ワクワクしています」と、オリンピックが待ち遠しい様子だ。
74kg級の兄・圭祐(自衛隊)も菅平では初の練習となる。360度のパノラマ展望を見つめながら、「試合まで1ヶ月半近く。徐々に体が上がっています。こういう地に来ると新たな気持ちになり、とても充実した、思い通りの練習ができています」と話す。自衛隊や味の素トレーニングセンターでの強化に申し分はないが、「たまには違う環境で練習することで、気持ちがリフレッシュされる。高地なので息を上げる練習をしっかりやりたい」と、環境を変えての練習の効果を話す。
今回の合宿では体力づくりに専念しているが、自衛隊では、コーチ陣とともに出場が見込まれる選手の研究に余念がない。「いよいよだな、という気持ちです」と、オリンピックへの思いを話した。