(文=布施鋼治)
向田真優(ジェイテクト)が涙の金! 8月6日、女子53㎏級決勝で向田はパン・キアンユ(龐倩玉=中国)と激突。5-4のスコアで宿敵を下して、オリンピック初出場で初優勝を遂げた。勝利を収めた直後のインタビューで向田は涙声で激闘を振り返った。
「最後は神頼みをする気で、『絶対勝つ』という思いを持ち続けました」
約1年半ぶりの実戦だったにもかかわらず、この日の向田は初戦から調子がよかった。持ち前のスピーディーで切れのあるタックルとアンクルホールドを連発。カメルーン選手との1回戦をテクニカルフォールで下すと、安堵の表情を浮かべた。
続くポーランド代表との2回戦でも最後はアンクルホールドを怒濤の4回転。2試合連続テクニカルフォールで難なく準決勝に進出した。準決勝でぶつかったボロルツヤ・バトオチル(モンゴル)とは初対決だったが、向田は第1ピリオドから試合を優位に進める。第2ピリオドになっても、攻撃の手を休めずローシングルやアンクルホールドで追加点を重ね、アジア予選を1位で突破してきたモンゴル選手を6-3で下した。
もう一方のブロックから勝ち上がってきたパンとは過去に4度闘い向田が全勝というデータが残っているが、油断は禁物だった。向田は、大舞台でファイナルに近くなるほど、逆転負けを喫するというデータ何件も残っている。
第1ピリオドに先制点を奪ったのはパンの方だった。向田のタックルを受け止めてがぶったあとバックに回る。さらにローリングを一回決め、一気に4点を奪う。パンはしっかりと向田対策を立てている様子だった。
インターバル中、志土地コーチの胸中には弱気になる部分もあったと言うが、この1 年間、向田の頑張りを見てきたので、「ここで(攻撃を)出さないと絶対悔いが残る。絶対に取りに行け」と言って送り出した。
向田は「パンとは何回も闘っているので、第1ピリオドは思うようにいけなかった」と振り返る。今までの向田だったら、第2ピリオドになっても試合の流れを変えられず、さらに点差をつけられていたかもしれない。
しかし、志土地コーチの一言で向田は自らを奮い立たせ、「何が何でも取りにいく」という気持ちをふくらませた。
第2ピリオド開始早々、向田は一度タックルを切られたが、それで消極的になることもなく、もう一度タックルに行って相手の右足をつかむ。パンは耐えようとしたが、向田はアタックしてからの処置がうまい。時間をかけてバックを奪い2点を返す。
その直後には相手を引き込むようにしてからタックルを決め、ついに4-4と追いついた。そのまま試合が終わってもルールで勝ちとなるが、この日の向田には守って勝つ気などさらさらなかった。「相手の攻めより自分の攻めが上回っていたら、最後は勝てると思っていました。4-4でしのぐのではなく、最後も自分から行こうと心に決めていました」
残り40秒、片足タックルをキャッチされ、タックル返しを決められたら一気に逆転されるというピンチに陥ったが、向田は相手の脚へのクラッチを離さないという必死の動きでこれを回避した。「あそこで手を離してしまったら負けると思ったので、何が何でもしがみついていました」
もう、ここ一番というところで弱気な向田はどこにもいなかった。何よりも周りのサポートに助けられながら、志土地コーチと二人で「東京で金メダル」という共通の目標を掲げ練習を積み重ねてきたことが大きかった。最後は場外押し出しでパンに対して5-4とポイント差をつけ、勝敗を決定づけた。
インタビューで婚約中の志土地コーチについて聞かれると、向田の瞳は涙であふれた。「自分より苦しいことがたくさんあったと思うけど、いつも励ましてくれました」
周囲から何を言われようと、コロナ禍の中、向田と志土地コーチは独自の強化をはかり、東京オリンピックという大舞台で結果を残した。二人三脚で新たな歴史を作った。