2003年4月から本協会の会長を務めた福田富昭氏が10月1日の理事会をもって勇退。18年にわたる激務を終えた。本協会の会長だけでなく、日本オリンピック委員会(JOC)や国際レスリング連盟(FILA=現UWW)などの要職も務め、レスリング界とスポーツ界への貢献は言葉では言い表せないほど大きい。大役を終えた福田氏に聞いた。
《福田富昭会長と日本レスリング協会の18年》=2003~04年 / 2005~08年 / 2009~12年 / 2013年~16年 / 2017~21年
――18年以上の会長職を勇退されまして、今のお気持ちからお願いします。
福田 観客席からレスリングを見たい、という気持ちです(笑)。人材を育てるために私が退かないといけないので、退きました。本当なら、2012年のロンドン・オリンピックが終わったあと退任する予定でした。周囲から「福田会長でなければ駄目だ」という声がやまず、70歳定年制をオーバーして続けることになった(注=協会の内規第4条には、国際競技連盟の役員には70歳定年を「適用しない」との条項があり、規約違反ではない)。支えていただいた多くの方に感謝したい。
――辞めさせてもらえなかったわけですね。
福田 本当は若い人間に引き受けてほしかった。理事会でそう決議されてしまった。
――この18年間、協会の財政は福田会長に頼り切っていたのが実情です。今後、協会の財政はどうなるのでしょうか。
福田 この前、富山英明・新会長と、藤沢信雄・新専務理事、高橋正仁・新事務局長をつれて、メーンスポンサーの株式会社明治の社長ほかの執行役員のもとにあいさつに行ってきました。協賛の継続を快く引き受けてくださりました。アシックス、ドン・キホーテなど、多くの企業をしっかりバトンタッチしたい。協賛企業に賛同いただくには、頭を下げないと駄目ですね。これまでの多くの協賛企業のご協力にも深く感謝したい。
――では、時系列にしたがってお聞きします。2003年3月に最初に会長を引き受けたときのお気持ちは? 1992年バルセロナ・オリンピックから2000年シドニー。オリンピックまで、日本は金メダルを取れない状況で、そうした中での会長就任でした。
福田 協会の財政が安定していなかった。それではしっかりした強化ができないと思い、まず財政の充実を目指した。会長の責任だと思った。少しずつだが協賛企業を増やしていけた。
――2004年にアテネ・オリンピックを迎え、女子が日本の金メダル獲得の伝統を復活させてくれました。女子をオリンピック種目に入れることに尽力された人間として、どんなお気持ちで受け止めましたか?
福田 実は、アテネでの女子の採用には不満がありました。本当なら4年前のシドニー大会で女子を採用することもできた。当時の国際レスリング連盟(FILA)の会長が、女子をあまりよく思っておらず、女子の採用を強烈にプッシュしてくれなかった。ラファエル・マルティニティー副会長の尽力もあって、やっとアテネで実現した。
――久しぶりに日の丸が優勝の位置に揚がるのを見たときのお気持ちは?
福田 感無量でした。女子をオリンピック種目にすることに力を入れてきましたので。2001年に女子の採用が決まったとき、FILAのミッシェル・デュソン事務局長がすぐに電話をくれましたが、いろんな思いが脳裏によみがえりました。
――金メダル復活の要因として、協会の財政充実のほか、国立スポーツ科学センター(JISS)、それから味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)という常設練習場ができたことも大きい。今の選手は、全日本チームがあちこちに渡り鳥合宿していたことを想像できないでしょう。
福田 JISS建設を働きかけてくれたのは、笹原正三・前会長なんです。2002年に、やっと常設のレスリング練習場ができたが、狭かったのが難点。世界のスポーツ強国はどこも国立のトレセンを持っている。そこで、政治家や役所に働きかけたが、なかなか実現しない。ところが、2004年アテネ・オリンピックの前、選手を連れて小泉純一郎総理大臣にあいさつに行ったときに訴えてみると(注=福田会長は日本選手団の総監督)、簡単に「分かった」と言うんです(笑)。記者団が大勢いる前ですよ。「本当ですか?」と聞き直したら、「総理がうそをつくわけない」と返されて。直後に、官房長官にこっそり聞いたら、「総理はうそつかない」と。小泉総理の一言で決まったようなものです。びっくりしました。
――戦闘機1機分の費用を回せばできる、と言われながら、どの政治家も回してくれなかった。
福田 私がこだわったのは、東京に作ってもらうこと。千葉や大阪、滋賀などからも建設に手を挙げたところはあったが、東京でなければならないと思った。たまたま大蔵省関東財務局の土地があり、文部科学省が買って今のトレセンができ、6面マットが常設されている練習場ができた。多くの競技がひとつの建物に固まっているというトレセンは、世界でも例がないようで、外国からも視察にきています。
――最初、国から提示された使用料がとんでもない金額で、福田会長が激怒して国とやりあった、という話が伝わっています。
福田 トレセンができても、競技団体の財政を圧迫するような金額では意味がない。日本オリンピック委員会(JOC)が一括で借り、各競技団体は使用ごとに使用料を払うことになったけど、JOCともひと悶着あって(笑)。私は言いたいことをずばすば言ってきましたね。
――私たちは、国やJOCに対して毅然とモノを言ってきた福田会長の恩恵を受けていますね。
福田 言うべきことはしっかり言う人間が必要だ。後任に期待したい。ウチのように入場料収入がない競技団体は、国と協賛企業からの支援がなければやっていけない。
――入場料収入の話が出ましたが、どこかで全日本選手権の有料化に踏み切ることが必要と考えますか?
福田 有料にすると会場使用料が高くなる。観客の誘導スタッフや警備の費用もかかるし、チケット販売数の管理・報告などの事務作業も増える。それだけの収入を挙げられるかどうか。一人でも多くの人に来てもらって観戦してほしかったので無料にしていた。何度か有料にしたことがあったが(プロ格闘家・山本KIDの復帰出場など)、結局は赤字だった。
――「全日本選手権が無料というのは、そのスポーツのステータスにかかわる」という意見を聞いたこともあります。
福田 新体制がどうするかですね。収支の計算ができれば、有料の方がいいとは思う。
――協会がやるのではなく、興行を仕事とする会社に委託するのも一案ではないでしょうか。観客が入れば入っただけ会社の利益になる、となれば、必死になってチケットを売ってくれるはず。
福田 それもひとつの方法だ。新しい発想でやってほしい。ただ、企業は2、3回やってみて、赤字が続くと思えば手を引く。それも覚悟しないとならない。
――ネット中継を有料にし、そこで収益を上げる方法もあります。米国のボクシングやMMAは、PPV(ペイ・パー・ビュー)でばく大な収入を得ています。
福田 そうしたことも含めて、新しいやり方を考えていってほしい。