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2021.12.03

【勇退記念・回想】伝統の強さを、私にも注入してくれた福田会長、心の金メダルをもらった(下)…編集長・樋口郁夫

《「上」から続く》

 機関誌運営の窮地に対し、福田会長は、経営を協会に戻し、協会職員として編集を続けることを提案してくれ、それに従うことにした(最終的には、編集を請け負う形へ)。この時、自叙伝「勝利はいつも美しい」の中に書いてあった福田会長の壮絶な借金返済人生のことを聞いてみた。30歳をすぎた頃に事業を始めたがうまくいかず、約2億円の借財を背負いながら、そこからはい上がったことだ。昭和40年代後半の2億円だから、今の貨幣価値なら10億円以上だろう。

福田会長の生きざまと日本スポーツ界再建の思いが込められている自叙伝「勝利はいつも美しい」

 私も借金返済に追われる生活に直面していた。福田会長がどうやってその苦境を乗り越えたかを知りたかった。嫌な思い出だろうが、時おり懐かしそうな表情を浮かべて話してくれた。「数百万円の借金を苦に自殺、なんてニュースを聞くけど、そんなくらいで命を落とすな、と言いたいよ」という言葉が胸にしみた。

 私の場合、命を落とそうという気持ちは微塵もなかった。反社会勢力からの高利な借金はなかったこと、質素な生活は苦でなかったことのほか、私の人生に大きな影響を与えた“心の師”アントニオ猪木さんが、借金をしてでもやりたいことをやる人生を歩んでいたことも大きかった(私とはケタが2つ違うが…。あの闘魂は、借金返済がエネルギーだ!)。

 しかし、雲の上の人。身近な存在の福田会長の生きざまと言葉の方が支えになった。福田会長は、協会からの収入だけでは足りないだろうと、ユニマット(社名変更)からアルバイトの仕事を与えてくれた。仕事らしい仕事はできなかったが、1年半ほど同社のお世話になっており、その収入はすべて借金返済にあてた。

 福田会長だけではなく、何人かの方からの厚情を受けていた。命を捨てたり、逃げ出したりなどできるはずがない。「この苦境から絶対にはい上がる。必ず恩返しする」という気持ちだった。

どん底だった日本レスリング、その原因は?

 当時、日本レスリングの成績はどん底だった。協会と密接になったことで、その理由はすぐ分かった。協会の上層部に名誉と肩書にすがりつく老理事が居座り、改革や発展を望むべくもない状況だったからだ。まだ理事の定年制はなく、80代が何人かいたように記憶する。いるだけで動こうとはせず、危機感もない。選手や大会の成績はおろか、5分1ピリオドになっていた試合時間すら知らない理事もいて、これで王国復活があるはずもない。

ともに多くの人を勇気づけた福田会長とアントニオ猪木さん。共通項は、常識にとらわれずに挑戦する姿勢であり、苦難からはい上がった強さ

 私は福田会長に「会長をやって協会を改革してください」と訴えたが、ユニマットの社長に就任し、多忙のため協会とは距離を置かれてしまった。それでも訴え続けたところ、「社員の家族も含めて何万人もの人間を路頭に迷わすわけにはいかないんだ」と語気を強められた記憶もあるから、けっこうしつこく言っていたようだ。

 そうなると、私の心の底に眠っていた反骨精神がもたげてきた。「50歳は鼻たれ小僧」というタテ組織で、選手として何の実績もない30代前半の私が「協会から老害をなくさないとなりません」などとストレートに口にするものだから、反発はすごかった。

 煙たがる、を通り越し、憎悪の目でにらみつけてくる理事もいた。 “いじめ”としか思えない仕打ちも受けたが、心は折れなかった。福田会長の教え(生意気の勧め)を、私ほど馬鹿正直に実践していた人間もいないのではないか。

福田会長の強じんさを思い出し、見習った

 話はさかのぼるが、福田会長は1992年4月、裕子夫人を病気で亡くされている。私にとっては晴天の霹靂(へきれき)という知らせだった。ごく身近にいる人ですら「交通事故かと思った」と言うほどで、夫人の病気を周囲に悟られないようにして仕事や協会の活動をこなしていた。

2003年3月、福田政権が誕生。左は高田裕司専務理事、右は富山英明強化委員長

 機関誌問題でよけいな神経を使わせたのは、夫人の闘病中のこと。申し訳ない気持ちでいっぱいで、葬儀では何度も目頭をぬぐった。

 それから十数年後、このときの福田会長を思い出すことがあった。借金も完済し、遅ればせながら家庭を持った私は、第一子の誕生を迎えたが、妻の胎内にいる子が自分の体でへその緒を圧迫し、栄養が行き届かない状態になった。死産の可能性もあるとのこと。医師の勧めにより、予定より大幅に早く帝王切開で取り出して保育器で育てることにした。

 未熟児で生まれた長男は、酸素吸入のチューブや何本かのコードにつながれて保育器の中にいた。現代医学を信じたが、きちんと育ってくれるのだろうか、という不安が消えなかった。そのときに思ったのが、福田会長が夫人を亡くされたときに見せた強さだった。

 このことで仕事をおろそかにはしない、と心に決めた。女子の世界合宿、学生の新人戦、社会人オープン選手権とあったが、手は抜かなかった。最悪の悲報が来ても、うろたえたり、慌てふためいたりすることがないよう自分自身に言い聞かせた。

福田会長からもらった“心の金メダル”!

 幸い、体重3000グラムを超えるまでに育って退院の日を迎えた。もう安心となって、周囲にメールや手紙で第一子の誕生と連絡が遅くなった理由を伝えたところ、ある人から「全く気がつきませんでした。レスリング魂ですね」という返信をいただいた。

 日本レスリングを復活させた福田会長は、八田イズムから福田イズムへと継承された伝統の強さを、私にも注入してくれた。人生に自信を持てなかった私に勇気を与え、周囲が認めてくれるまでに育て、首から金メダルをかけてくれた。

 私にしか見えないけれど、オリンピック・チャンピオンが受け取る金メダルに勝るとも劣らない輝きがある。レスリング界には、こうした“心の金メダル”を福田会長から受け取った人間が、数多くいると思う。

 ブダペストのホテルで初めてじっくり話をさせてもらってから35年。日本レスリング史に残る偉大なリーダーの実像を後世まで伝えるべく、書きしるさせていただいた。

 本当にありがとうございました。私がレスリング界で活動できる期間も限られてきましたが(「老害」とは絶対に言われたくない!)、福田イズムの継承に貢献したいと思っています。







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