(文=谷山美海、撮影=矢吹建夫)
「やっと勝てました。小学生までの全国優勝とは比べものにならないぐらい、うれしいです」。11月27~28日に東京・駒沢屋内球技場で行われた2021年全国中学選抜選手権で、女子66kg級を制した吉田千沙都(三重・一志ジュニア)は、喜びと安堵(あんど)の表情を浮かべながら優勝後の素直な気持ちを口にした。
全国大会の表彰台でてっぺんに上るのは、小学5年生の2018年全国少年少女選抜選手権以来、4年ぶりだった。
“一志ジュニアの吉田”と言えば、レスリング界で一目置かれる存在であることは誰もが分かるだろう。父は一志ジュニアを主宰しつつ至学館大でコーチを務める吉田栄利氏。その妹であり、自身の叔母にあたるのが世界大会16連覇、個人戦206連勝の記録を持つレジェンド・吉田沙保里さん。言わずと知れたレスリング一家で育った。
吉田家だから、吉田沙保里の姪っ子だから、強くて当たりまえ。成長するにつれて自分の置かれた環境が理解できるようになった。いつの頃からか、勝たないといけない、というプレッシャーが重くのしかかるように。
「マットに上がるときに、試合で負けることがよぎってしまって、闘う前から気持ちで負けていたんだと思います」。小学生のときには揺るがなかった「絶対に勝つ」という強い気持ちが、試合で出せなくなっていた。
伸び悩む中で、支えになったのが、同じく沙保里さんの姪である同学年のいとこの吉田七名海の存在だった。千沙都と同様、中学入学後は全国優勝から遠ざかっていた七名海は、今年4月、不振を脱却してジュニアクイーンズカップで見事優勝。姉妹同然に育ったいとこに一足先を行かれる形になっていた。
「同じプレッシャーを感じながら優勝する七名海を見て、私も優勝しなきゃと思わされました。同じ階級ではないのでライバル意識はありませんが、とにかく2人で勝ち上がりたい。七名海が勝つことで私も勝たないといけないという気持ちが強くなって、上を目指せています」
この日、七名海は42kg級に出場して2位と健闘。隣で勝ち上がるいとこの活躍が、千沙都の勝利への気持ちを後押しした。
千沙都の気持ちに火をつけたのは、いとこの活躍だけではない。中学3年生になり、ある気持ちが芽生えたからだ。
父として、監督として、一番近くで見ていた栄利氏は千沙都の変化をこう語る。「本人も強豪の高校、至学館高校に入りたいと強く希望していました。目標とするオリンピックに一番近い学校で、周りもトップ選手ばかり。中学で優勝から遠ざかっていたこともあって、今大会でチャンピオンになって至学館に入りたいという思いがあったのだと思います」
新型コロナウィルス感染拡大の影響による度重なる大会の中止で、進学希望の高校へのアピールの場も失われていた中で、開催された今大会。千沙都も「タックルへの入り方だったり、組み手だったり、もっと練習でやってきたことを活かしたかった、という反省もありますが、とにかく試合で試せてよかったです」と、久々の実戦での気づきも多かったようだ。
今後の目標について話題が及び、「目指していきたい選手は?」という問いに「沙保里しかいません」と即答。レスリング選手としての功績も、高い目標であることも理解しているが、「ずっと近くにいるので、やっぱりそこを目指したいんです。すごい人だと頭では分かっているんですけど、雲の上の存在だとは思ったことはなくて…」と笑ってみせた。
歴代トップの選手を、そう言えるのは彼女の強みに違いない。
点を取るなら、まずはタックル。とにかく入れ、タックルで勝て-。レスリングを始めて以来、繰り返し言われ続けてきた吉田家の教えは、千沙都にも深く刻み込まれている。「磨いていきたいのは、まだまだ足りないタックルの技術。沙保里みたいにタックルに入って、点を取って勝ち上がれる選手になりたいです」。伝家の宝刀・高速タックルを使いこなすには、まだまだ特訓が必要そうだ。
次々とニューヒロインが誕生し、目が離せない日本の女子レスリング。高速タックルを武器に世界を倒す「YOSHIDA」の姿をもう一度見られる日が待ち遠しい。