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2021.12.10

【特集】中学では絶対慌てない! じっくり育てろ…沖縄から初のオリンピック・メダリストを育てた屋比久保さん(沖縄県協会理事長)

 

(文=布施鋼治)

 「11月になってから、翔平が取った東京オリンピックの銅メダルに初めて触りました。沖縄県民栄誉賞や宜野湾市民賞などの授与式があったので、3日間だけ凱旋することができたんです。首からかけてもらったときには、簡単なメダルではないと実感しました。それまでに全日本選手権のメダルは何回か取っているけど、やっぱり重みが違った。感無量でした」

沖縄初のオリンピック・メダリストを育てた屋比久保・沖縄県協会理事長=撮影・布施鋼治

 声の主は沖縄・北部農林高校レスリング部監督で沖縄県レスリング協会の屋比久保理事長。「翔平」とは、保さんの息子・屋比久翔平選手(ALSOK)を指す。

 「オリンピック出場が決まったときでも、内地(本州)から新聞社やテレビ局など全部で10社ほど沖縄に来ました。メダルを取ったら、全部で300件ほど連絡が来ましたね。身内は『どうせ電話はつながらない』と見越して、すぐ連絡してこなかったほどです(微笑)」

 保さんは以前、日体大で屋比久選手を指導した松本慎吾監督らオリンピック経験選手から、「オリンピックに出ても、メダルを『取る』と『取らない』の差はすごい」という話を耳にしたことを思い出した。

 とはいえ、オリンピックの組み合わせが発表になったときの状況は違っていた。保さんは「うわっ」と声を挙げたという。

「出られただけでいい」とも思った東京オリンピック

 「2回戦で世界王者と当たる。敗者復活戦に回ったとしても、アジア大会とアジア選手権で2回負けているイラン選手と闘う可能性が高かった。正直、オリンピックに出られただけでいい、5位でもいいと思っていました」

東京オリンピックの3位決定戦。【上】ゲラエイをリフトした屋比久。普通ならバック投げを狙うが、相手が腰をクラッチしてきたので…【下】瞬時の判断で、前へ投げた

 案の定、屋比久は2回戦で2019年世界王者のタマス・ロエリンツ(ハンガリー)に敗北を喫したが、ロエリンツが決勝に進出したので敗者復活戦へ。ここで対戦する予定だった選手が棄権したため、モハマダリ・アブドルハミド・ゲラエイ(イラン)との3位決定戦に臨んだ。保さんは第1ピリオドにゲラエイに0-3とリードされたときを回想する。

 「このまま逃げ切られるパターンかなと思いました」

 しかし第2ピリオドになると、屋比久は保さんから教わった前に出るレスリングを実践し、パッシブで1点を奪い返す。そしてゲラエイをリフトして一気に5点。逆転に成功した。

 保さんは「翔平がリフトしてから前に投げる攻撃は初めて見た」と振り返る。

 「普通だったら後ろに返す。だけど、最近の選手はパーテール・ポジションで胴を持たれたら、相手の胴を持ち返す。そのまま後ろに投げたら、投げられた方が上に乗れるからです。なので、ゲラエイに胴を持たれたとき、翔平は前に投げる気持ちになったと言っていました。案の定、前に返されたとき、ゲラエイは面食らった面持ちでした。やっぱり、オリンピックには魔物が潜んでいると思いましたね」

結果を残せなかった息子を一喝してしまったが…

 屋比久は大器晩成の星だ。幼少の頃からレスリングを始めていたので、小学校のときには県大会で優勝することができたが、中学生になると勝てなくなった。保さんは「同い年の川井梨紗子選手土性沙羅選手らと中国遠征に行ったとき(2009年夏)、翔平だけが全敗だった」と思い返す。

沖縄レスリング界の発展を目指してキッズ・クラブを立ち上げた屋比久さんと、キッズ時代の屋比久翔平(前列の青のシングレット)=屋比久理事長提供

 監督としてチームを引率し、セコンドに就いた保さんは悔しくて仕方なかった。息子を一喝すると、遠征に帯同していた沼尻久団長(全国中学生連盟会長)に「屋比久君、まだ中学生だぞ。ガミガミ怒るんじゃない」と諭された。「慌てるな。おまえの息子は大丈夫だから」

 保さんは沼尻会長の一言が転機になったと振り返る。「中学では絶対に慌てない。高校くらいから本格的に練習して大学へ。大学を卒業したら30歳くらいまで現役を続けられるような青写真を描きました」

 地元の浦添工業高校に進学すると、屋比久には週末の金曜日と土曜日は道場に泊まり込ませて猛練習を課し、日曜午前中の練習が終わると、自宅に戻るという日々を送らせた。長い休みのときは県外に泊まりがけで練習に出かけた。そうした努力の甲斐あって、屋比久は全国規模の大会で結果を残せるようになる。

 その頃から県外に遠征に行くと、保さんは選手たちに「ないものねだりをするな」「自分に何が足りないのか。何がよかったのかを考えながら練習しなさい」とアドバイスするようになった。

「沖縄からでもオリンピックのメダルは取れる」

 その成果は如実に現れる。それから生徒たちはネットで自分の階級の選手たちを入念にチェックし、戦力分析するようになったという。今回、屋比久が銅メダルを獲得したことで保さんは確信した。

地元で大きな祝福を受けた屋比久の銅メダル=屋比久理事長提供

 「努力と工夫次第で、沖縄のような島からでもオリンピックのメダルは取れる」

 保さんも現役時代はオリンピック出場を目指していたが、けがが原因で断念せざるをえなかった。妻・直美さんも槍投げで58m52という高校記録を打ち立てたトップアスリートだった。この記録は1988年ソウル・オリンピックの参加標準記録も上回っていたが、けがでオリンピック出場を逸している。屋比久のオリンピック出場やメダル獲得は、父とともに一家の夢でもあった。

 保さんは年末年始の息子一家の帰省を心待ちにしている。「お正月には翔平を道場に呼んで、部員たちに話をしてもらいたい。それだけでもみんなの士気は高まりますからね」

 慌てるな。じっくり育てろ-。沖縄出身者として初めて個人競技のメダリストとなった屋比久は地元の星になった。


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