(文=布施鋼治)
米国で選手活動を続け、プロビデンス大でコーチを務めていた米岡優利恵さん(千葉・柏クラブ~埼玉・埼玉栄高卒、関連記事)が今年6月、ノルウェー・ナショナルチームの女子ヘッドコーチに就任。7月中旬に一時帰国し、コーチ就任の経緯を語った。
「最初はオンラインで1時間半くらいの面接を受けました。そのあと、違う方ともう一度オンラインを面接をしたうえで、現地に行って実際に練習したりしました」
世界レスリング連盟(UWW)のホームページに掲載されたノルウェー・ナショナルチームの女子ヘッドコーチ募集の告知を見て応募した人は、男女合わせ10名以上と推測される。米岡さんに白羽の矢が立った理由は何だったのか。
「決め手は英語が十分に話せることはもちろん、私が日本とアメリカでレスリングを経験していることだったと思います。あとは、考え方が一直線ではなく、マインドの広い指導者を探していて、そこもポイントになったんじゃないかと思います」
契約は2024年のパリ・オリンピックまでとなっているが、米岡さんはその次の2028年ロサンゼルス大会までを見据えた長期的な展望を描いている。「書類上は長い契約ができないので2年後のパリまでになっていますけど、強化計画はロスまでしっかり立てています」
現在、ノルウェーの女子ナショナルチームのメンバーは、シニアだと4~5人。しかし、U15やU17に枠を広げると10人以上いるという。
「ノルウェーというか、北欧はほとんどそうなんですけど、大学でスポーツをやるシステムがありません。協会がクラブチームをコントロールしています。会議があると、各クラブチームの代表が会議に来て要望をあげる。協会そのものは小さいけど、力はあると感じています」
ノルウェーの男子レスリングはグレコローマンが主流で、フリースタイルで活動している男子は皆無という状況。「以前、ノルウェーのグレコローマンの選手のドキュメンタリーが制作され、それに主演した選手が国民的なヒーローになったようです。その影響でグレコローマンの競技人口が増えたという話も聞きました」
現在、首都オスロにあるレスリングのクラブチームは5つ程度。地方に目を向けると20程度あるが、その中で女子だけで活動してくるクラブチームはなく、すべて男子と一緒に練習しているという。
ノルウェーは女子レスリング発祥の国のひとつで、初期の頃は世界選手権で優勝選手も生まれている。しかし、オリンピック種目になってからのノルウェー女子は発展途上だ。
「オリンピックでノルウェーの女子はメダルを取っていません。『女子はマットの隅っこでやっていていいよ』という感じのクラブも多いので、まずは環境面のサポートをしていかないといけない」
一時帰国する直前には、イタリアで開催されたU20欧州選手権に選手を派遣したが、結果はかんばしいものではなかった。米岡さんは「どうにかしないといけない」と唇をかんだ。「ほかのヨーロッパ諸国のレベルもどんどん上がってきているので、いまの練習プランを全部見直しながらやっていきたい」
「U20やU17の強い選手たちは、クラブチームで練習しています。ナショナルチームとしての合宿もやっていますけど、『来られたら来て』という感じ。強い選手はいても、システムはバラバラ。クラブチームにも派閥があるみたいなので、まずはそこをギュッとまとめたい。そして、オスロにあるナショナルトレーニングセンターにナショナルチームを集めて練習の拠点にしたい」
現地のレスラーと話をすると、日本のレスラーに対するリスペクトが高いことに驚いたという。「現役でいったら須﨑優衣選手への関心度が高い。みんな彼女のビデオやインスタを見ている。男子だったら乙黒拓斗選手。『技術力は抜群』という話をよく聞きます」
米岡さんの最終目標はUWWに籍を置き、レスリングの世界的発展に尽くすこと。「レスリングという競技はまだ男性のスポーツというイメージが先行しているので、女性を支援していきたい。発展途上国の女子レスラーも応援したい」
UWWに近づくため、米国に活路を求め、コーチ修行をした。米岡さんが選んだ第2のステップはノルウェーでのヘッドコーチ就任だった。今回の帰国では、日本協会の富山英明会長とも対面。今秋にも日本チームとの合同練習を希望しており、それらの意思も伝えた。
「ONLY ONE」というべき異色のキャリアを持つ日本人は、かつて女子レスリングのパイオニアだった白夜の国を復興させることができるか。