日本レスリング協会公式サイト
JAPAN WRESTLING FEDERATION
日本レスリング協会公式サイト
2022.12.11

【特集(前編)】今も現役コーチで活躍、日本レスリング界に“革命”を起こした世界最高の技術の持ち主、セルゲイ・ベログラゾフ(ロシア)

 

(共同執筆:William May=元国士舘大コーチ、元UWW記者 & Ikuo Higuchi)

 世界のレスリング界で最も有名な双子兄弟と言えば、1979年代後半から1980年代に活躍し、1980年モスクワ・オリンピックで兄弟優勝を成し遂げたアナトリーとセルゲイのベログラゾフ兄弟(ソ連)でしょう。レスリング史上、最高の双子選手、いえ、兄弟選手と言っていいと思います。

 2人は現在も選手の指導に携わっており、今年9月にセルビア・ベオグラードで行われた世界選手権では、アナトリーは中国女子を指導し、セルゲイはサンマリノの男子フリースタイルのコーチとして参加しました。

 アナトリーは、1978年に高田裕司(日本協会・元専務理事、敬称略=以下同じ)の世界5連覇を阻止した選手です。翌1979年世界選手権では高田がリベンジして世界一に返り咲き、翌年のモスクワ・オリンピックで雌雄決する闘いが期待されました。このとき初出場だったセルゲイも、富山英明(日本協会・現会長)に敗れて銀メダル。翌年のオリンピックでリベンジマッチが注目されました。しかし、日本の不参加で、ともに実現しませんでした。

 モスクワ・オリンピックに日本が誇る「二強」が出場すれば、兄弟ダブル優勝はなかった可能性があります。そうなれば、その後の世界のレスリング界の歴史は変わっていたかもしれませんが、そうであっても、2人が世界最高レベルのテクニックを持っていた選手である事実は変わらないと思います。

▲現役時代のセルゲイ・ベログラゾフ。世界のマットを舞台に無敵の進撃を続けた=1987年世界選手権決勝

 兄のアナトリーは、男子フリースタイル48・52・57kg級の3階級で世界選手権を制覇しましたが、体の故障もあって1984年ワールドカップを最後に、マットを去りました(1988年ワールドカップに一度だけ復帰参戦)。弟のセルゲイは1988年ソウル・オリンピックで、不参加だった4年前のロサンゼルス大会の悔しさを払拭する2度目のオリンピック優勝を達成しました。

 セルゲイは57・62kg級で8度の世界一に輝いています。62kg級での優勝は1982年で、アナトリーが57kg級に出場したため、セルゲイが階級を上げました。1階級上でソ連代表になること自体、すごいことですが、世界選手権では決勝で前年世界王者のシメオン・ステレフ(ブルガリア)を破って優勝したのですから、その強さは人間業とは思えません。

サンマリノから世界王者輩出を目指すセルゲイ・ベログラゾフ

 ソ連のペレストロイカ(建て直し)で、同国に一部であっても自由市場が導入されたのが1980年代の終盤のことでした。その後のソ連の崩壊によって、外国での指導の仕事の扉が完全に開かれ、ベログラゾフ兄弟は北米に活路を求めました。アナトリーはカナダ協会に雇われ、セルゲイは米国リーハイ大のコーチに就任しました。

 同大学のトム・ハッチソン・コーチは、セルゲイを「世界で最も優れたレスリング戦術家の1人」と評し、「途方もない資産」と歓迎しました。セルゲイはソ連で学んだ技術を紹介するテクニックビデオを制作。北米で多くの選手や指導者が購入し、重宝されました。

 1994年夏から1998年春まで日本で指導し、その後はシンガポールやカザフスタンなどのコーチを務めています(関連記事)。

▲【左写真】2009年12月、シンガポールの選手を連れて来日、国士舘大で技術指導を行うセルゲイ、【右写真】2016年アジア選手権にカザフスタンのコーチとして参加

 現在は、米国のクリフキーンクラブで選手を指導。サンマリノ国籍で東京オリンピック・男子フリースタイル86kg級で銅メダルを手にしたマイルズ・アミンを集中的に指導しています。

 アミンは米国で生まれ、ミシガン大学時代は全米大学(NCAA)選手権で銅メダル3個、銀メダル1個と、あと一歩でチャンピオンを逃した選手です。母の出生国であるサンマリノの国籍を取り、在学中の2019年から国際舞台でも活動しました。現在25歳です。セルゲイの指導を受け、2019年世界選手権5位、2020年欧州選手権2位と実力を伸ばし、東京オリンピックではサンマリノのレスリング界に初めてメダルをもたらしました。さらに飛躍を目指している選手です。

 今年は、欧州選手権で前年の世界選手権3位のアゼルバイジャン選手を破るなどして優勝。地中海大会も制し、世界一への期待もありました。1、2回戦を順調に勝ち上がったものの、3回戦でアザマト・ダウレトベコフ(カザフスタン)に1-9で敗れてしまいました。試合では、相手の後方に回って両ひざをつかせようとしたところで左腕を取られ、「サイドロール」と呼ばれる回転技で4点を奪われ、試合の主導権を取られて追いつけませんでした。

▲ゴービハインドを狙ったアミン。ダウレトベコフに左腕を取られて回され、4点を失ってしまった=ネット中継より

 ダウレトベコは準決勝でデービッド・テーラー(米国)に敗れ、アミンは敗者復活戦に回ることができませんでした。セルゲイはこの結果に落胆しました。「サイドロールは、アメリカのカレッジスタイルでよく見られる技です。試合前に(マイルズに)警告したけど、それでも彼はつかまってしまった」と言いました。

 しかし、コーチは選手のミスに怒りで対応するのではなく、ミスを分析して対策を授ける立場にあります。試合後、すぐにウォーミングアップ場でアミンへの指導が始まりました。《続く》

▲マイルズ・アミン(左)をサンマリノ初の世界王者にすべく、今もレスリングに情熱を燃やすセルゲイ・ベログラゾフ=2022年世界選手権(セルビア)

▲今年9月、セルビアで再会した筆者のウィリアム・メイ氏とセルゲイ・ベログラゾフ・コーチ







JWF WRESTLERS DATABASE 日本レスリング協会 選手&大会データベース

年別ニュース一覧

サイト内検索


【報道】取材申請について
-------------

● 間違いはご指摘ください
本ホームページ上に掲載されている記録や人名に誤りがある場合は、遠慮なくご指摘ください。調査のうえ善処いたします。 記録は、一度間違うと、後世まで間違ったまま伝わります。正確な記録を残すためにも、ご協力ください。


アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNSの投稿は卑劣な行為です。
BIG、totoのご購入はこちら

SPORTS PHARMACIST

JADA HOMEPAGE

フェアプレイで日本を元気に