「日本のナンバー2は世界のナンバー2」どころか、「日本のナンバー3は世界のナンバー3」と言えるかもしれない女子50kg級。この激戦の中を勝ち抜けば、オリンピックで金メダルを手にする確率はずば抜けて高い。一方、日本代表になることの壁の高さに、モチベーションを持ちづらい選手が数多く出てしまう現実もある。
圧勝続きで世界を席巻する須﨑優衣(キッツ)、2021年の世界選手権で東京オリンピック3位の選手を破って優勝した吉元玲美那(至学館大)、U20世界選手権を全試合で圧勝して優勝した伊藤海(早大)…。ここに、国際舞台での実績がある田中ゆき(佐賀県スポーツ協会)と入江ななみ(ミキハウス)の姉妹が、復帰と階級変更で参戦してきたのだから、U20アジア選手権を制したくらいでは、存在がかすんでしまうのも仕方ないかもしれない。
だが、昨年のU20アジア・チャンピオンの坂本由宇(ゆう=JOCエリートアカデミー~神奈川大1年)は「一歩一歩です」と話し、世界の頂点への思いを持ち続ける。2023年はU20最後の年。まずジュニアクイーンズカップで勝ってU20世界選手権での優勝を目標におく。「(国内の)負けた選手にリベンジし、この世代で勝ってから上への挑戦です」と、U20世界制覇を目標に掲げた。
国内選手の頂点が高すぎるがゆえに、絶望に近い気持ちが「ない」とは言い切らなかった。しかし、「高いからこそ、自分のレベルを上げていける、と思っています」とも言う。高すぎる壁に絶望を感じるのではなく、「上に行くための希望に変えて考えます。そこに行ければ(世界で)勝てるわけですから、頑張りたい」ときっぱり。
中学3年生の2018年にJOCエリートアカデミーに入校。同年の中学二冠(全国中学生選手権、全国中学選抜選手権)を制し、U15アジア選手権も勝って勢いをつけた。高校1年生の2019年インターハイで3位に入賞し、これから、というときにコロナ禍に遭遇。アカデミーでの練習ができない期間が続いた。
だれもが同じ条件、と言えばその通りだが、伸び盛りの時期だっただけに、このブランクが実力アップに何らかの影響を与えたのは間違いあるまい。最後のインターハイでも優勝できない不本意な高校生活だった。しかし神奈川大に進んだ昨年7月、U20アジア選手権(バーレーン)で優勝。潜在能力を発揮した。
この大会は、日本女子にとって大きな意味を持つ大会だった。それに先立って行われたU17アジア選手権(キルギス)でインドの猛威に遭遇し、大会史上初めて優勝なしの成績。国別対抗得点は2位。2週間後のU15アジア選手権(バーレーン)でも3階級の優勝にとどまり、国別対抗得点は6階級優勝のインドの後塵を拝していた。
U20アジア選手権でもインドに屈したなら、“ドミノ現象”で日本女子の地位が崩れる可能性もあった。女子初日、軽量3階級で日本とインドの決勝となり、一番手でマットに上がったのが坂本。「試合前は、けっこう怖かったんです」と苦笑するが、マットに上がったときに胸をよぎったのが、「国内ではレベルの高い選手の中で試合をやっている。大学では、パワーがあって技術も高い男子選手とやっている」という思いだった。
「自分の方が絶対に強い」という気持ちを持っての闘いは、テクニカルフォールの快勝。チームに「インドは怖くない」という雰囲気をつくるのに十分な勝利で、流れを日本に持ち込み、6階級を制覇して国別対抗得点もインドを抑えた値千金の優勝だった。
JOCエリートアカデミーから神奈川大に進み、大きく変わったのは男子選手との練習が多くなったこと。「パワーがついたと思います」ということのほか、技術面でも教えてもらったり、学んだりすることが多く、実力アップに役立っていると振り返る。
その結果はU20アジア選手権で出せたが、国内では優勝なしに終わったのも事実。全日本のレベルが高ければ学生のレベルも高いわけで、簡単に結果は出せなかった。「自分の形ができていない部分があります。少しずつできてはいると感じますが、まだ国内(トップ)レベルには追いついていない、というところです」と話し、自分のレスリングの確立が課題。
JOCエリートアカデミー出身ならではの課題もある。須﨑、志土地真優(53kg級)、尾﨑野乃香(62kg級)、古市雅子(72kg級)のアカデミー出身選手が次々に世界一に輝き、「アカデミーの出身」という経歴がプレッシャーとなること。「勝手に感じていただけかもしれませんが…」と言うものの、その“看板”の重さに悩むこともあったと言う。
これは、大学の井上智裕コーチが「自分なりでいいんだ」と言ってくれたことで気持ちが楽になり、今では「応援してもらえるのだから、頑張ろう、という気持ちになっています」と、前向きにとらえられるようになったとのこと。
チームの1年先輩に、大学入学後に急成長し全日本選手権で2連覇した新倉すみれ(72kg級)がいるのも大きい。「すみれさんの意識の高さは刺激されます」と話す。JOCエリートアカデミーの中で、早くからオリンピックを念頭において練習する意識は培われてきた坂本だが、無名の存在からはい上がった新倉の姿勢も、高い壁に挑む今の坂本にとって確かな手本となりそうだ。
国内では、しばらく優勝に見離されているものの、国際大会の優勝は5回(1回のみ2位)という実力者。ハイレベルの国内女子50kg級で台頭する日が待たれる。
▲U20アジア選手権で優勝し、帰国したときの談話