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2023.02.26

【歴史】十年一昔! オリンピックのレスリングを守るため、世界中が熱く燃えた2013年(後編)

《前編》《中編から続く》

「男子12階級・女子6階級」を2016年リオデジャネイロ大会で実施

 5月のIOC理事会で、3競技の中に残ったレスリング。国際レスリング連盟(FILA=現UWW)ネナド・ラロビッチ会長は「まだオリンピックでのわれわれの立場が保証されたわけではないが、世界中のレスリング関係者に感謝したい」と多くのサポートに感謝するとともに、「まだ闘いは終わってない」と、9月のIOC総会へ向けて改革の手を止めなかった。

 6月末には、2020年大会に実施する予定だった男子12階級・女子6階級(それまでは男子14階級・女子4階級)を、2016年リオデジャネイロ大会に前倒しして実施することをIOCに提案。8月のIOC理事会で承認を受け、男女格差是正の姿勢を見せた。

 8月の世界ジュニア選手権(ブルガリア)と世界カデット選手権(セルビア)では、メディア・チームを派遣してインターネットでの生中継とホームページでの結果速報を実施。今では当りまえになっているビッグイベントのネット中継は、この除外騒動がなければ、もっと遅れていたか、現在までも実施されていない可能性もある。

▲SNSのフォロワー数アップへ向け、FILAのキャンペーン「Take A Stance」(構えをとれ)に協力した(左から)吉田沙保里、伊調馨、米満達弘の3人のオリンピック金メダリスト

 ラロビッチ会長は、5ヶ国語を駆使できる語学力を発揮し、IOC理事や委員が集まる大会に数多く足を運び、ロビー活動に力を入れた。8月にモスクワで行われた世界陸上選手権では34人のIOC委員と会談。同月にリオデジャネイロで行われた世界柔道選手権にも向かい、それまでレスリング界がまったくやってこなかったロビー外交に力を入れた。

レスリング存続の機運は高まり、勝負の9月8日を迎えた

 こうした動きのもと、IOC総会が行われる前に「レスリング存続」のムードができ上っていた。ロゲ会長はこの総会で退任を決めていたが、後任を選ぶ会長選挙に立候補する6人のうち、トーマス・バッハ副会長(ドイツ=その後、会長へ)ら4人がレスリング存続支持を明言し、他の何人かの有力者もレスリング支持の姿勢を明らかにした。

 2月に「レスリング除外」をスクープしたAP通信は、レスリングが7ヶ月の間に会長交代、ルール変更、組織改革、男女の格差是正などを行って「改革は完了した」とし、レスリングを救うため、考えられもしなかった米国、ロシア、イランが団結したことも報じて、「2020年大会でその地位(実施)を再度勝ち取る」と報道。

 共同通信は「IOC内では、レスリングを除外候補とした決定が誤りだったとの見方が強く、複数の幹部が『レスリングは残留する』と指摘している」と報じた。

▲9月9日未明、東京・味の素トレーニングセンターで、IOC総会の中継を見守る選手、関係者

 迎えた9月。アルゼンチン・ブエノスアイレスで行われたIOC総会へは、日本協会から福田富昭会長と2012年ロンドン・オリンピック金メダリストの小原日登美さんが向かった。9月7日の会議で、2020年大会の東京開催が決定した。該当国の委員とロゲ会長を除く96人のIOC委員が投票し、1回目の投票で東京42票、イスタンブールとマドリッドが各26票。過半数に達した都市がなかったため、イスタンブールとマドリッドでの“最下位決定戦”の投票を行い、イスタンブールが49票、マドリッドが42票。マドリッドが落選となった。

 東京とイスタンブールの決選投票では、東京が60票を獲得。36票のイスタンブールを退け、ロゲ会長から発表された。残るは、翌8日の会議で行われる東京オリンピック実施の最後の1競技の決定。

激論が展開された最後の決戦!

 その会議は、かなりの論争が展開された。最初に、2月にレスリングの中核競技からの除外を決めた決定に対しての批判が起きた。リチャード・パウンド委員(カナダ)が「理事会で除外したレスリングを、同じ理事会が最終候補の3競技に含めたのは矛盾。選定作業を全面的に見直すべきだ」と主張し、レスリングを存続させたうえで、来年2月のソチ・オリンピックの時まで投票を延期し、新たな1競技を追加する案を提案した。

 チャン・ウン委員(北朝鮮)も「レスリングが中核競技から除外された理由が明確でない。詳しい説明が必要だ」と主張し、ゲルハルト・ハイベルグ委員(ノルウェー)が「決定を先送りにする理由が理解できない」と反論した。

 ジャック・ロゲ会長がレスリング除外の理由を説明し(本記事の「中編」に記載)、事前に決められたプロセスを堅持するよう求め、理事会決定を承認するかどうかの投票に移った。結果は、賛成77票、反対16票、棄権2票で、理事会の決めたレスリングの中核競技からの除外を、IOCとして正式に承認した。この段階で、IOCとしてのレスリングの除外が正式に決まった。

 一部では、レスリングの除外はIOC理事会の決定であって、IOCとしてレスリングを外したわけではない、とも言われているが、これは正しくない。ほんの数十分であっても、IOCは理事会の決定を受け入れてレスリングを実施競技から外したことは確かだ。だが、ここで5月の理事会の決定事項を否決すれば、収拾の道がない事態となっただけに、ロゲ会長の決断は正解だろう。

▲投票結果の発表を前に、レスリングの当選を祈る選手たち

 続いて追加1競技を選ぶ会議に入り、3競技のプレゼンテーション・質疑応答へ。レスリングに対し、「なぜ女子はグレコローマンがないのか」という質問も出た。これは2008年北京オリンピック女子48kg級金メダリストのキャロル・ヒュン(カナダ)が「女子は歴史が浅く、フリースタイルから始まり、フリースタイルへの取り組みが精いっぱいでした。今後、グレコローマンに関心が出てくれば、取り組むことになるでしょう」と回答。

 「レスリング界に汚職やメダルの売り買い(すなわち、八百長マッチ)があると聞いている」といった辛らつな質問も飛び出て、いわゆるシャンシャン会議(質疑応答や議論などがなく、形式的に行われる会議を皮肉る言葉)では終わらなかった。質問が最も多かったのがレスリング。一度外した競技を、同じ年に戻すことに抵抗を持っていたIOC委員も少なくなかったことがうかがえた。

「オリンピック競技としてのレスリングの目を覚まさせた」(ラロビッチ会長)

 このあと投票へ。過半数を取ることが条件。第1回の投票が終わったあと、ロゲ会長が「3競技団体(の関係者)は自分の席に戻ってください」と促したことで、決選投票はなく、一発で結果が出たことが予想された。ロゲ会長が「95人が投票したので、過半数は48票。無効票はなかった」と説明したあと、「レスリング、49票」-。レスリングが過半数の得票を獲得し、野球&ソフトボール(24票)、スカッシュ(22票)を退けた。

▲レスリング存続決定の瞬間、味の素トレーニングセンターは歓喜に包まれた

 こうして、オリンピック競技としてのレスリングを守る闘いは終わった。ラロビッチ会長はIOCに対して深い感謝を示し、「レスリングの近代化は、これで終わりではない。私達はオリンピック・ムーブメントのベストパートナーであり続けます」と、IOCとの協力のもと、さらなる発展を誓った。

 続けて、「オリンピック・レスリングを守るため、ともに闘ってくれた世界の多くのレスラー、サポーター、ファンに対し、大きな感謝を申し上げたい。あなた達はこの勝利を目指して必死に闘ってくれた。この位置を確かなものとするため、団結し続けなければならない」と世界のレスリング界へ謝意を表し、「2月のIOC理事会の除外決定(総会への勧告)は、オリンピック競技としてのレスリングの目を覚まさせた」ともコメントした。

 2020年大会の東京開催とレスリングの存続の2つの勝利を手にした福田会長は「喜ぶだけではダメ。東京という目標にしっかり照準を合わせて責任を果たしていかなければならない」と東京オリンピックでの勝利を誓い、小原さんは「みんなの気持ちを代表してアルゼンチンへ持って行き、(追加競技に)残ると信じていた。最後にしっかり残ってくれて、ほっとしました。みんなに希望を与えられるようなレスリングであってほしい」と話した。

■2013年9月8日:レスリングのオリンピック存続をかけた約7ヶ月間の闘い


 熱き闘いから10年。FILAからUWWに変わった組織のガバナンス(統治・管理)は強固なものとなり、SNSを中心としたメディア対応への意識も大きく変わった。ラロビッチ会長が2015年にIOC委員に、2018年にはレスリング界から初めて理事に就任し、IOCとの太いパイプができた。今の若い選手は、オリンピックからレスリングが消滅することなど、考えられないかもしれない。

▲ビッグアリーナで、ショーアップして行われるようになった世界選手権。メジャースポーツの道を歩むには、まだ課題は多い

 だが、「きついスポーツ」の代表でもあるレスリングの世界的な競技人口は増えておらず、オセアニアとアフリカの振興が遅れているなど地域の偏りは是正されていない。オリンピックの出場選手数や理事の男女比率などの面で、IOCの理念とする男女平等に最も遅れをとっている競技がレスリング。オリンピックでの地位は「安泰」とは言えず、時代に合わせた改革を続けていく必要がある。

 「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」(ドイツ敗戦40年の1985年、ドイツ・ワイツゼッカー大統領が演説した有名な言葉)の言葉通り、世界のレスリング界は2013年の出来事を決して忘れてはならない。オリンピックの舞台を目指す若い選手に、希望を与え続けるために-。《完》







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