2023年風間杯全国高校選抜大会の個人戦では、創部6年の宮崎・都城西から3選手が3位に入賞。地元のキッズ教室からの一貫強化の中で台頭し始めた。
入賞したのは、51kg級の石山竜成、60kg級の前原晟人、65kg級の鶴大和の3選手。九州王者の前原は、準決勝で昨年のインターハイ55kg級優勝の坂本輪(東京・自由ヶ丘学園)と大接戦。終了間際の猛攻も実らず、2-2のスコアながらラストポイントによって惜敗した。
相手の坂本が続く決勝で勝って優勝したのだから、ここを勝っていれば同校から初の王者誕生もありえた。前原は昨年のこの大会やインターハイではベスト16の選手。インターハイ王者と互角の試合を展開するまでに実力をつけた成長は、夏へ向けての期待を抱かせてくれたと言えるだろう。
3選手が準決勝進出を決めたときには多少の笑顔があった長尾勇気監督(2001年世界選手権代表)は、準決勝のあとは「3選手そろって決勝、とまでは思いませんでしたが、優勝を狙わせていたので、ちょっと残念ですね」と無念そう。準決勝はいずれも関東の選手が相手で(石山は貴船武人=東京・自由ヶ丘学園、鶴は内田怜児=埼玉・埼玉栄と、それぞれ対戦)、全国少年少女選手権V5の坂本を筆頭に、キッズ時代から全国トップに食い込む選手だった。
都城西の3選手もキッズ・レスリング出身で、長尾監督も指導してきたが、「勝ち負け以前の問題の選手でした」とのこと。現段階では、ここまで差を詰められたことを褒めてやるべきとも思えるが、長尾監督は「う~ん…。(「よくやった」と「まだまだ」の気持ちが)半々という感じですね」と、あくまでも上を目指している気持ちを強調した。
都城西は、ときに難関国立大に進む生徒もいる県立の進学校。「宿題も多く、学業も大変です」(長尾監督)と文武両道が求められている。2016年に同県の福島高校にいた長尾勇気監督が転勤し、レスリング部を創部した。
宮崎県にレスリング部のある高校は8校あり、2022年度の男子の高体連への登録75選手は、全国で最多(2位は静岡県の70選手)。ただ、関東や近畿のように近隣に強豪高校や大学がそろっているわけではないので、強化の面では厳しい環境と言えよう。
スポーツ推薦制度があるわけではなく、都城西の現在の部員は5人。それでも今大会は九州予選を勝ち抜いて学校対抗戦に初出場。1回戦を突破したことは特筆もの。日体大時代の1991・92年に全日本学生王者に輝いた中石義洋さん(日体大~都城市役所勤務)がキッズ教室「Wellnessキッズ都城クラブ」を運営。そこで力をつけた選手を長尾監督が引き受け、育てた一貫強化が実った形だ。
2021年4月には、休部状態だった南九州大が都城校舎で再スタートした。同大学はこれから再びレスリング界での台頭を狙うチーム。今は初心者も多く、高校選手に胸を貸す段階には至っていないが、大学生が高校生から学ぶ状況であったとしても、同地域にいろんな世代の選手がいて合同で練習できることは、都城レスリングの財産と言える。
同大学の竹田展大監督(31歳、専大卒=2019年社会人王者)は、まだ十分に高校選手とスパーリングできる強さを持っているので、高校選手にとっては心強い存在でもある。
2018・19年には、都城市と友好交流都市であるモンゴル・ウランバートルとの間でレスリングの交流会が行われ、2018年に伊調馨さん(ALSOK)と松永共広さん(現神奈川大コーチ)、2019年に浜口京子さん(浜口ジム)と永田克彦さん(現WRESTLE-WIN代表)というオリンピアンが参加。
他に、強化アドバイザー招聘事業やトップアスリート事業で、伊調さんや森川美和選手(ALSOK=昨年の女子65kg級世界チャンピオン)、日体大・松本慎吾監督が指導で訪れるなど、世界トップのレスリング技術が導入されている。市を挙げてレスリングを盛り上げようとする空気があり、一気に「レスリングの町」となっている状況だ。
地理的なハンディがあるのは間違いないが、長尾監督は、それを言い訳にはせず、乗り越えようという気概を持つ。「2012年には沖縄の浦添工が学校対抗戦で優勝し、屋比久(翔平)選手がオリンピック選手に育ちました。地方だからこそ、できることもあると思います」と言う。前述のウランバートルとの交流などが、その例だろう。
同校でのコーチも務める中石義洋・Wellnessキッズ都城クラブ代表は、手塩にかけた選手が高校でレスリングを続け、トップレベルにまで育って健闘した姿を見て「うれしかったですね」と話す。進学校なので練習時間は長くないが、「その中で、自分たちで効率のいい練習を考えて取り組んでいます。そうしたことが結果として表れたのだと思います」と評価する。
中石コーチは「進学校でも、全国で勝てることを証明したい」と話し、レスリングだけではなく勉強もしっかりこなす選手を育成し、高校に託したい気持ちを話した。
これまでにも、私立だが京都・立命館宇治など進学校のレスリング部で全国トップの成績を残したチームや選手もいる。「みんなの学校サイト」のデータでは、立命館宇治は入試の偏差値が「67」とのことで、全国屈指の進学校だ。同校在籍中に高校三冠王になった石田智嗣さん(2013~15年全日本王者)によると、学業のため1日の練習時間は1時間半だったと言う。「その分、短時間で密度の濃い練習をする習慣ができました」と振り返っている。
宮崎県内には7クラブがあり、Wellnessキッズ都城クラブの現在の選手数は約30人。中学へ進んでも指導を続けるが、学校での他競技の部活動に入る選手もいて、全員を高校に託せない悩みもある。しかし、中石代表は、大学選手までが同じ市内で汗を流せるようになり、「いい環境になっています。さらに盛り上げていきたい」と話し、これからが勝負と感じている。
2027年には宮崎県での国民スポーツ大会の開催が決まり(レスリングは日南市予定)、県の支援を受けて、ますます勢いづきそうな宮崎県のレスリング。5人の部員で奮戦した都城西が先陣を切り、全国の壁に挑む!