インターハイ2連覇の実績を持って、女子で初めて中大レスリング部の門をたたいた佐々木すず(東京・安部学院高卒)が2023年JOC杯ジュニアクイーンズカップU20-62kg級で優勝。入部早々、結果を出した。
決勝は、昨年12月の全日本選手権では2-5で敗れていた中西美結(至学館大)。第1ピリオドの前半、もつれたあと返されて0-6とされながら、あきらめることなく闘い、最後は16-6のテクニカルフォール勝ちという見事な逆転優勝。「クリッパン遠征(2月中旬、スウェーデン)のあと、この大会で勝つことを目標にしていたので、素直にうれしいです」という声が弾んだ。
0-6とされたときは、「やっちゃった!」という気持ちが脳裏をよぎったそうだが、「ポーランド(U20世界選手権の開催地)へ行くんだ、という気持ちを思い出して闘いました」と、心を立て直した。
気持ちだけでは勝てない。何がよかったのか? 「(相手の)脚をさわったあとの処理がまずくて返されたわけです。タックルに入ってからの処理をしっかりやれば、ポイントを取り返せる」との思いがあり、第1ピリオドの後半にテークダウンを決め、これが反撃の狼煙(のろし)となった。
第2ピリオド、タックルに入ってからの粘り強い攻撃とアンクルホールドで8-6と逆転。さらにタックルとアンクルホールドの連続攻撃で一気に勝負を決めた。「タックルから一気にグラウンドでポイントを取るのが自分のレスリング。練習してきたことが出せたと思います」と振り返った。
高校時代から中大を目指していたと言う。これまでに女子選手が一人もいないチームを選んだ理由は「だれもやっていないことに挑戦する生き方を目指しています。女子がだれもいないチームに進み、そこからオリンピックに出たら、かっこいいだろうな、と思ったから」とのこと。中大がオリンピックの金メダリストを5人も輩出していることは知っていたが、そのことより、「第1号」「史上初」へのあこがれの気持ちが強く、「女子初のオリンピック選手、オリンピック金メダリスト」が目標だ。
女子だけだった安部学院高から、男子だけの中大へ。練習環境が180度変わるわけだが、「女子が一人だけ」という不安は「考えていなかった」と笑う。実際に加わってみて、最初は多少の不安が出てきたようだが、「先輩にも同期にも快く受け入れてもらい、感謝しています」と言う。
その練習では、1996年アトランタ・オリンピック銅メダリストの太田拓弥コーチのアドバイスは「役に立つことばかり」。女子選手相手ならポイントを取れるケースでも男子選手相手だと取れない、タックルを切れるケースでも切れないなどのことも多く、インターハイを2年連続で制したとはいえ、「もっと貪欲にやらなければ」と感じたそうだ。母校の安部学院高にも通い、女子選手相手の闘い方の研究も続ける予定だ。
この優勝で、U20世界選手権への出場が内定した。昨年のU17世界選手権では、躍進しているインドのサビタ・サビタに1分1秒、0-6からフォール負けし、3位に終わっている。「高校3年間の中で、一番強烈な負けでした」と振り返る。
一方で、「あの負けがあったから、インターハイとクリッパン(女子国際大会)での優勝につながった部分があります」とも話す。いわば飛躍の“恩人”であり、「今年(のU20世界選手権に)出てくることがあれば、絶対にリベンジ(恩返し)したいです」と気持ちを奮い立たせる。
中大の山本美仁監督は「逆転劇を見せてくれたことは、正直にうれしいです。真面目に練習する選手なので、ウチのカラーに合うと思います」と、女子第1号選手の入部早々の快挙にうれしそう。
1946年の創部から78年目にして初めて女子を受け入れたことは、「時代の流れ」と説明。本人の「中大でやりたい」「中大からオリンピックに出たい」という気持ちとぴったり一致しての入部だと言う。「その思いを達成させてやらなければなりません」と気を引き締める。
佐々木は「正直なところ、パリ・オリンピックより(2028年の)ロサンゼルス・オリンピックを目指しています」と話し、長期的視野に立っての強化を目指すが、パリにつながる2ヶ月後の明治杯全日本選抜選手権も、「出場する以上は全力で臨みます」ときっぱり。
入学した中大・法学部は、司法試験でかつて東大としのぎを削っており、今でも法曹界の一大パワー。教室へ入れば、周囲は向学心が強い学生も多いだろう。「文武両道を目指し、4年間で卒業できるように頑張りたいです」と話し、キャンパスライフすべてに闘志を燃やす18歳の今後が楽しみ。