(文=フリージャーナリスト 粟野仁雄)
世界一を逃して、よほど悔しかったのだろう。パリ・オリンピックの出場を射止めたのに決勝で敗れ、女子62kg級の元木咲良(育英大)は、試合後の囲み取材でずっと泣いていた。
決勝の相手は、2021年東京オリンピック銀のメダリストのアイスルー・チニベコワ(キルギス)。何度も片足タックルに入ったが、ポイントが取れない。1―0でリードしたが、第2ピリオドの終盤にタックルで失点し、1―4で逆転負け。銀メダルに終わった。
「足りないところが、たくさんある。まだまだ強くなれるということかな、と思う」
初出場の昨年は非オリンピック階級の59kg級に出場して3位。今年はオリンピック階級で2位と着実に力をつけてきた。「次はパリで頂点に立てるように、今まで以上に頑張っていきたい」と気持ちを新たにした。
埼玉県出身。2000年シドニー・オリンピックの代表だった父・康年さんの影響で、埼玉・和光クラブでレスリングを始めた。埼玉栄高校時代には世界カデット(現U17)選手権で優勝。2020年に育英大学に進学し、2年の時(2021年)の明治杯全日本選抜選手権57kg級で2位になる。
負傷によるブランクを乗り越え、昨年の世界選手権では59kg級に出場。準決勝で僅差で敗れたが、敗者復活から勝ち上がり、銅メダルを取った。昨年12月の全日本選手権では、オリンピック階級の62kg級に出場し、準決勝で東京オリンピック金メダリストの川井友香子(サントリー)を破り、決勝では世界チャンピオンの尾﨑野乃香(慶大)を破って優勝。
今年6月の明治杯全日本選抜選手権でも稲垣柚香(至学館大)を破って優勝し、階級は違ったが2年連続で世界選手権代表に選ばれていた。
右ひざを手術したときは「心が折れそうだった」と言うが、偉大な父の存在が支えになった。「『咲良以外、誰もあきらめてないよ』と言ってくれ、前を向けた」という。
康年さんは柔道を経て20歳から競技を始め、オリンピックに出場した。そんな父を尊敬する娘は、世界選手権代表に選ばれたとき、「20歳からレスリングを始めてオリンピックに出るのは相当な努力じゃないと無理だと思う。自分は3歳からやってきたので、父よりオリンピックに出られる可能性が高いと思う。父以上の努力をして、オリンピックに出て、金メダルを取りたいです」と話していた。
世界一を逃して何度もタオルで顔を覆ったが、それでも反省点をきちんとつかんでいた様子だ。今後に必要なことなどを、しっかりと話し続けてくれていた。
長年、至学館大の天下だった女子レスリング界は、東京オリンピックの後、群雄割拠になっている。そうした中で育英大が急速に力をつけてきた。そんな母校を引っ張る4年生の元木。あこがれのパリ・オリンピックは、卒業後、すぐにやってくる。