(文=布施鋼治)
日本代表として8月のパリ・オリンピックのマットに立つ現役世界チャンピオン同士が、ほとんど前ぶれもなくぶつかり合う-。そんな夢のような一騎討ちが実現した。
1月14日、東京・国学院高校体育館で開催された「2023年度第5回STIカップ東日本大学女子リーグ戦」の第3試合で行なわれた育英大と日体大の団体戦(3階級)。“副将戦”となる59㎏級で、57㎏級の世界チャンピオン・櫻井つぐみと53㎏級の同チャンピオン・藤波朱理が激突した。
エントリー表が発表されたとき、この階級には櫻井と藤波の名前が記されていた。しかし、各階級とも2名ずつエントリーしていたので、両チーム、あるいは片方のチームが控え選手を出場させ、「2人の直接対決が実現することはないのでは?」という声もあった。しかしながら、櫻井と藤波はやる気満々だった。
「この大会は大学のリーグ戦。自分は4年生だし、藤波選手も出ることを知っていました。彼女と闘いたいという気持ちもあって出場しました」(櫻井)
「(ともに59㎏級にエントリーしたことで)櫻井さんも私もすごく覚悟ができていたと思う。向こうの気持ちに応えたい、と言ったら、おかしいかもしれないけど、絶対パリにつながる試合になると思いました」(藤波)
“先鋒戦”となる53㎏級で育英大が先制したあと、両者は激突した。第1ピリオド、緊迫した空気が充満する中、力の入った攻防が続く。藤波が、がぶりながら次の一手を探れば、櫻井は脇を差してツーオンワン(相手の片腕を両腕でとりにいく技術)で崩しにかかる。
藤波がアクティビティタイムで1点を先制し、さらに櫻井を前方に落とすと同時に片足タックルに入ってバックを奪った。これで藤波が3-0とリードした。
第2ピリオドになっても、拮抗(きっこう)した展開。櫻井は再三ツーオンワンで攻略にかかるが、そのたびに藤波は相手の仕掛けを切る。櫻井も負けてはいない。藤波が至近距離からの正面タックルを狙ってくると、その瞬間、プッシュしてはねのけた。
残り時間が少なくなったところで、櫻井は起死回生の首投げを狙うが、その動きに合わせ、藤波は浴びせ倒しで櫻井をつぶし、“ダメ押し”とも言える2点を加えた。
5-0。現役世界チャンピオン同士の一騎討ちは、藤波に凱歌があがった。両者は、過去に3度対戦している。2016年のJOCジュニアオリンピックと全国中学生選手権では、いずれも40㎏級で櫻井がテクニカルフォール(現テクニカルスペリオリティ)で勝利を収めている。しかしながら、藤波が高校1年生のとき(2019年)に53㎏級で出場したインターハイでは、3年生だった櫻井を7-4で破っている。
試合後、藤波は「すべてはパリのために、と思って闘った」と激闘を振り返った。「(代表合宿で)櫻井さんとはたくさん練習をさせていただいている。でも、やっぱり試合となったら緊張もするし、違った感覚でした」
ポイントを奪った攻防については「このレベルの試合では、試合前から『少しのすきも逃さないように』と思っていました」と打ち明ける。「櫻井さんはディフェンスがすごくうまい選手なので」
櫻井との一戦は、リスクのある闘いであったことも吐露した。「自分の中でも考えることはあったけど、ここで逃げたらダメだと思いました。この大会に出場して本当によかった」
結局、櫻井戦も含めて藤波は3試合に出場し、いずれも勝利を収めた。対戦相手は階級が上の選手ばかりだったので、大きな収穫を感じている。
「(上の階級の選手は)力が強いなと思いました。でも今日の経験は今後に絶対生きてくると思います」
もっとも育英大との対抗戦で日体大は1-2で敗れ、準優勝に終わった。その結果に、藤波は悔しさをにじませる。「少しでも日体大に貢献したいという思いもあった。チームとしては負けてしまったので、またみんなで(士気を)高め合っていきたい」
試合後は藤波から櫻井に話しかける場面も。「もう終わったことなので…。パリでは、櫻井さんと二人で金メダルを取りたい」
5年ぶりに公式戦で闘ったことで、ふたりの絆(きずな)はより深まったか。すべてはパリのために-。