昨年2月22日は、閉ざされていた歴史の扉が開いた日だった。学生レスリング界の雄を争う日体大と山梨学院大が20数年ぶりに合同練習を実施。大同団結でお互いのレベルアップを目指した(関連記事=今年も予定されていたが、直前にコロナ感染者が出て中止)。その1年後の今年2月23日、今度は女子の“頂上合宿”が行われた。パリ・オリンピック代表2選手を輩出した育英大(群馬県)が至学館大(愛知県)へ出向き、3泊4日の合同練習で実力を磨いた。
至学館大には、53kg級でオリンピック出場を決めている藤波朱理(日体大)が14日から単独で参加しており、育英大との合宿に合わせて76kg級オリンピック代表内定の鏡優翔(東洋大)も参加。育英大の2選手とともにオリンピック代表4選手がそろう合宿へ。19日から23日の午前までは自衛隊の5選手が至学館大の練習に参加しており、パリ・オリンピックと10月に実施されることになった非オリンピック階級の世界選手権(アルバニア)へ向けての激しい練習が、続けざまに展開された。
今度のオリンピックで初めて代表を出せなかった至学館大だが、“オリンピアン製造工場”の伝統は健在だった。育英大の柳川美麿監督は最初の練習前、「女子レスリングは至学館大が基盤をつくった。その中で、今回は育英大がオリンピック選手を出せた。伝統に裏付けられた強さを学びたい」とあいさつ。
至学館大が築いた伝統の強さを称え、「強豪チームが合同練習することで、日本全体の強化につながる。授業がないこの時期にやるべきこと。国際舞台で日本が勝つためには、まず全体のレベルを上げることが必要」とも話し、お互いの強化のためにも合同練習の必要性を訴えた。
「大相撲でも、ときには横綱が出げいこに行くことがありますよね」との問いに、「ウチはまだ横綱なんかじゃないです。幕内に上がったくらいかな」と苦笑い。強敵を求めて外へ出て行く段階であることを強調した。
男女とも日の出の勢いの同大学だが、全員が全日本合宿に参加できる実力選手ばかりではない。発展途上の選手もいて、強豪チームの胸を借りて実力アップをはかる段階の選手も多い。一方の至学館大は「オリンピック代表0」が強調されるものの、伝統があるからこそ「0」に目が行く。昨年の全日本学生選手権では4階級を制し、全日本選手権ではOGを含めて4階級で優勝、3位以内が12選手。ともに最多の選手数で、他チームから標的にされる強さをキープしているのが現実だ。
藤波朱理は地元のテレビ局の取材に対し、「多くのオリンピック・チャンピオンや世界チャンピオンを輩出してきた空間なので、ある意味、パワースポットみたいな空気を感じます」と話した。高校時代までにも時たま練習に参加したことがあるが、当時は世界の強豪がずらりそろっていた。そのときの思いが脳裏をよぎるだけでも、「力を与えてくれるような気がします」と言う。
練習では重い階級の選手ともやるので、スパーリングでポイントを取られることも珍しくはない。しかし「毎日、緊張感のある追い込んだ練習ができています。自分のレスリングを試すにはもってこいの練習環境です」と話し、有意義な練習が積めていることを強調した。
東洋大のチームメートとともに参加した鏡優翔は「藤波選手が単独で参加し、育英大と至学館大が合同合宿をやることを聞いて、出遅れたくない、という気持ちがありました」とその理由を話したほか、「あこがれの吉田沙保里さんや多くのオリンピック金メダリストが練習していた場所。レスリングの原点を学ぶために来ました」と言う。昨年の世界選手権前にも練習に参加させてもらい、どうしようもないほど息が上がったが、そうした練習によって世界チャンピオンに輝けたと思っている。「オリンピックで金メダルを取る目標を思い出し、気持ちを奮い立たせています」と話した。
藤波朱理や鏡優翔以上に至学館大の練習場が“パワースポット”となっているのが、自衛隊の小原日登美コーチ。高校時代は目立った実績のない選手だったが、至学館大(当時中京女大)での猛練習で世界一に駆け上がった。技ができないことで夜遅くまで練習が続き、守衛の「大学を閉めますから」という声で終わったこともある。そのときが思い出されるのは当然だろう。
「(栄和人)監督は昔と変わらない厳しい練習をしています」と言う。最終日は選手の体がパンパンで、スパーリングを取りやめたほど激しい練習が展開されたのだから、そのハードさは並大抵ではない。「自分はここで強くなって世界で勝てるようになりました。今の教え子にとっては、すごく刺激になる練習だと思います」と、実りある合宿だったことを強調した。
櫻井つぐみ(育英大)も高校時代に参加したことがある。藤波と同じで、当時はオリンピック代表がずらり。そのときと立場は変わったが、「(至学館大の選手は)みんな意識が高く、育英大と違った強さがあると思います」と伝統の強さを感じている。合同合宿については「世界で通じる強い選手の中で、刺激し合って、いい練習ができます」と効果を話した。
一方、元木咲良(育英大)は、至学館大で練習するのは初めてと言う。「今は、習った技術を試す期間。多くのタイプの選手がいるので、最適の環境です」との感想。発展途上の選手を相手に技を確認する練習も大事だが、ハイレベルの選手に通じるかどうかの練習も必要。通じなくとも、ふだん指導を受けている柳川監督が「すぐにアドバイスしてくれるのがいい」と、全日本合宿とは違った効果を話した。
選手にとっては、10月に非オリンピック階級の世界選手権が開催が決まったことも刺激材料のひとつ。昨年55kg級で世界一になった奥野春菜(自衛隊)が「世界選手権は特別な存在の大会。そこに向かって頑張りたい」と言えば、奥野を破って全日本チャンピオンになった清岡もえ(育英大)は「絶対に自分が出る、と燃えています」と言う。2028年ロサンゼルス・オリンピックを目指すにしても、「まずは世界チャンピオンです」と目標を定めている。
今回はすれ違いだった両者だが、至学館大との練習を通じて、闘志は燃え上がっていることだろう。
至学館大は、3月下旬には女子新興の山梨学院大の練習を受け入れる予定。栄和人監督は「次のオリンピックでは絶対に代表を復活させ、金メダルも復活させる。そのためには、ウチだけが頑張ればいいというものではない。全体の底上げを考え、その中で、世界で勝てる選手を育てていきたい。今度は、ウチが育英大に行きたい」と、他大学との交流で全体のレベルアップをはかるとともに、“頂上合宿”の継続を口にした。