JOCエリートアカデミー出身で、2022年U20アジア選手権を制しながら、右ひざの靱帯を断裂。1年のブランクを余儀なくされた坂本由宇(AACC)が2024年ジュニアクイーンズカップU23-53kg級で制覇した。「試合をすることが精いっぱいで、内容はほとんど覚えていないんです」と、余裕のまったくない必死の復帰戦だったようだが、優勝で再起を飾り、新たな出発点に立った。
“新たな”という言葉には、2つの意味がある。ひとつは、大けがを乗り越えて再スタートを切ったこと。もうひとつは、米国の大学でレスリングを続けることを決意し、その出発点に立ったことだ。現在は神奈川大を休学し、語学能力検定に合格すべく勉強の最中。その壁をクリアしなげればならないが、新天地でのレスリング人生が間もなく始まるだろう。
試合は、1回戦、準決勝ともフォール勝ちやテクニカルスペリオリティ勝ちはできなかったが、着実にポイントを重ねての勝利。決勝は、「これまで一度も勝ったことがない」という1年上の櫻井はなの(育英大)と対戦。終了間際に片足を取られ、テークダウンを許したら負けという状況をしのいで優勝を引き寄せた。
最後は相手陣営からチャレンジが出され、しばらくの間、勝利が確定しなかったが、「セコンドの2人が喜んでいたので、判定が変わることはないだろうと思った」とのこと。その予想通りの結果となり、あらためて勝ち名乗りを受けた。3試合中、フルタイムが2試合の内容だったが、「復帰戦としては上出来?」との問いに、「そうですね」と答えた。
昨年のこの大会の前に負傷して手術を受けた。「1年前の今日(4月13日)、手術を受けたんです」と、その日がすらすら出てくるのは、それだけ“大きな思い出”だったからか。10月頃に打ち込み練習ができるようになったが、それまでは上半身の体力トレーニングが中心。「レスリングができなくて、もどかしい期間をおくりました」と振り返る。
一方、マットワークができるようになったら、「できる喜びで、必死に練習できました」とも言う。すぐに以前のような動きができたわけではないが、「この期間をプラスにしていこう」と思うことで、ブランクの後半はさほど焦りはなかったと言う。
JOCエリートアカデミーを卒業し2022年春、神奈川大に進んだ。前年、新倉すみれが学生、そして全日本のチャンピオンになるなど、昇り調子のチームで充実していたが、東京・自由ヶ丘学園高にいた弟の坂本輪(昨年の全日本選抜選手権61kg級優勝)が米国のオクラホマ州立大学への進路を決めたことで、米国の大学でレスリングをやりたい気持ちが出てきたと言う。
もともと海外へのあこがれはあったが、弟の進路に触発されたことは間違いない。日本の軽量級はハイレベルだが、その中で活動するだけが世界一への道ではない。競技人口も多く、いろんなスタイルの選手のいる米国で鍛え、日本代表、そして世界一を目指す道を選ぶ選手がいてもいい。「NCAA(全米大学)のチャンピオンになってみたい、という気持ちもありました」とも話す。
大学の吉本収監督(東日本学生連盟会長)にその気持ちを伝えると、驚きながらも快諾してくれた。同監督は「留学はいろいろハードルが高いが、アメリカで活動したいという純粋な気持ちを尊重したかった」と話し、大学を去ることに難色を示すことなく送り出した(米国大学への入学が決まれば退学予定)。
坂本は「神奈川大学は部員同士とても仲がよく、いい雰囲気の中で練習に取り組むことができました。けがをしてレスリングができない期間も仲間に支えられ、復帰に向けて前向きにトレーニングをすることができました」と入学後の2年間を回想。この大会に臨むにあたっても、「監督をはじめ神奈川大のみんなが応援してくれて力になりました。あたたかく送り出していただいて、とても感謝しています」と話した。
目指す大学へ進むには英会話の力が必要なので、現在は弟と一緒に英会話の学校に通学中。練習は、キッズ時代に所属していた東京・AACC(阿部裕幸代表)でやっている。渡米までは昨年限りで現役を引退してAACCで指導を始めた安楽龍馬コーチ(2023年アジア選手権3位)が指導してくれることになったが、この大会の前に脚を負傷して松葉杖にお世話になる状況となるアクシデント。
練習相手を欠く状況となったが、エリートアカデミーの2年先輩となる鏡優翔選手(サントリー=2023年世界チャンピオン)が窮状を知って引き受けてくれることになり、練習相手のほか、この大会のセコンドについてくれた(安楽コーチは第2セコンド)。「2人の的確なアドバイスが心強かったです」と感謝した。
米国の大学の女子選手の活躍と言えば、埼玉・埼玉栄高卒業の米岡優利恵さんがプロビデンス大学の選手として2019年の全米女子大学選手権で6位入賞の活躍をしたことが記憶に新しい(関連記事)。米岡さんは日本でのレスリング活動で壁にぶつかり、紆余曲折を経て米国の大学へ行った。坂本は伸び盛りの最中に米国を目指す初めての女子選手となる。
活動は米国になっても、国籍を変えるつもりはないので、この大会の優勝によって10月にアルバニアで予定されているU23世界選手権には参加予定。全日本選抜選手権や全日本選手権のときは帰国して出場予定で、日本代表として世界一を目指す気持ちに揺らぎはない。
今大会は復帰戦ということで53kg級に出場したものの、50kg級で続ける可能性もあり、今後の階級は未定。日本の軽量級の“アフター・パリ”は、須﨑優衣(キッツ)と藤波朱理(日体大)が選手活動を続ける可能性は大きく、アジア大会女王の吉元玲美那(KeePer技研)やU23世界女王の伊藤海(早大)らもいて、層の厚さは続くと思われる。
そこに、米国仕込みのレスリングを身につける坂本が加われば、いっそう激しい闘いとなる。それは日本の底上げにつながる。今後が楽しみな坂本の米国行きだ。