「弓矢」が表彰台の頂点に立った-。キルギス・ビシュケクで行われたアジア選手権の男子フリースタイル57kg級のことではない。東京武道館で行われた2024年ジュニアクイーンズカップのU20-53kg級。アジア王者に輝いた弓矢健人の妹・紗希(ともに日体大)が、兄の快挙を追うように、4試合を勝ち抜いて優勝。2017年全国中学生選手権以来の全国タイトルを手にした。
「しばらくタイトルを取っていなかった。今回は絶対、と思って挑んだので、取れてよかったです」と涙声で喜びを表した弓矢。2017年の全国優勝は中学1年生での快挙だ。ある意味では兄以上に将来を期待される成績を早々と残しながら、その後は優勝に縁がなかった。「年齢を重ねるごとに勝てなくなってきて…。辛い思いをたくさんしてきた。勝てて本当によかった」と、しみじみと話した。
昨年のこの大会では50kg級2位となり、U20アジア選手権に出場しているのだから(2位)、考えようによっては段階をふんで成長し、実績は残している。しかし、1年生中学チャンピオンに輝いた選手の宿命で、優勝に見放されると、どうしても「伸び悩み」と見られてしまう。
三重・いなべクラブ(現いなべアカデミー)時代から弓矢を指導してきた藤波俊一・現日体大コーチによると、接戦による負けが多く、「伸び悩み」と言うより、「メンタルの問題が大きかったと思います。技量は全国トップレベルでした」と言う。惜敗であっても、負けて自信を持つことは少ない。「負ける → 自信をなくす → 思い切りがなくなる」というスパイラル(悪循環)にはまり、そこからなかなか抜け出せないことはよくある。弓矢の場合も、そんなパターンだったようだ。
脱皮できた大きな要因は、いなべクラブ~日体大の1年先輩の藤波朱理の存在だ。同クラブ時代から練習してきた選手だが、藤波が世界仕様のハイレベルの技術と戦術を身につけるにつれ、よく練習する弓矢の技量も上がっていくことは当然。昨年の世界選手権(セルビア)には練習パートナーとして同行し、世界のレスリングを目に焼き付けた。
スパイラルから抜け出す努力があったことは言うまでもない。弓矢は「コーチがていねいに教えてくれる環境の中で、自分が努力してきたからだと思います」と話し、壁を破るための自身の努力を強調した。
エントリーでは、昨年優勝の原田渚(育英大)が最大の強敵と思われたが、藤波のアジア選手権の負傷棄権によって同選手権に出場することになり、この大会は棄権。同じブロックの最大の敵を、昨年のインカレ50kg級で同じ5位だった眞柄美和(至学館大)に定めた。同じ三重県の四日市ジュニア出身で、幼稚園時代から闘ってきた間柄。「緊張しました」と笑うが、ここを5-2で勝って優勝が見えてきた。
決勝の相手は、日体大の附属高校である日体大柏高校の本原理紗。大学の系列高なので、ときに出げいこに来て練習する機会も多い相手で、「ポイントを取られることが多かった」とか。しかし、決勝のマットに立つ前に65kg級の伊藤渚と59kg級の尾西桜が優勝。「自分も続かなければ」という思いがあり、その気持ちが勝因と分析した。
刺激と言えば、3日前の兄・健人のアジア制覇もそのひとつ。「自分もそんな舞台に立ちたい、という気持ちになる姿を見せてもらいました」と言う。もっとも、長兄の暖人(日体大~日体大研)、次兄の健人とも高校時代にいくつかの全国タイトルを取って日体大へ進んでおり、藤波コーチは「プレッシャーがあったんじゃないかな、と思います」と推測する。
この優勝が、その壁を乗り越えられるきっかけとなるか。同コーチは、これまでの弓矢と逆で、優勝したことで「自信を持つ → 積極的に攻撃して勝つ → いっそう自信をつける」の好循環を期待した。
「パワーをつけて、相手にかける圧力を課題にして頑張りたい」と話す弓矢は、今年は全日本学生選手権など国内の大会での好成績を今年の目標に掲げるとともに、出場が決まったU20世界選手権(9月、スペイン)の優勝を目指す。国際舞台で活躍した兄を超える日は、今夏、実現するか-。