(文・撮影=布施鋼治)
先日、米国ナショナルチームのコーチを務めた八田忠朗氏が来日した。野球に励む米国の高校生チームの引率と通訳が主な仕事だったが、忙しい合間をぬって帰国前日の4月5日、国士舘大学を訪れ同大学のレスリング部部員を相手にセミナーを行った。
国士舘大でのレッスンはコロナ前に一度行って以来、2度目。すでに80歳を超えているにもかかわらず、八田氏は元気いっぱい。スタートするや「レスリングとは何か?」と問いかけ、持論を展開した。
「レスリングはケンカ。ルールに従ってやるケンカです。それを覚えておいてください」
さらに世界中で翻訳されている剣豪・宮本武蔵の『五輪書』についても言及した。
「この本には刀を持って闘うときには、どうしたらいいかが書いてあります。重要なのは足の運び方。それはレスリングの足の運び方にもつながっている。一歩動いたら、必ずもう一方の足を動かす」
八田氏はテクニックを教えることになっても代役を立てず、孫のような年代の学生を相手に自ら腕とりや飛行機投げを披露した。「手首を握られたら、(握られている箇所の)向きを変える。角度を変えるだけで、相手の力がかからなくなります」
前半のセミナーでは、八田氏が「質問ありますか?」と促しても、まだ新学期が始まって間もない部員たちは部の新しい雰囲気に慣れていないせいか、ほとんど反応することはなかった。しかし後半になると、ようやく慣れてきたのか、矢継ぎ早に質問が飛ぶようになった。
例えば、「構えているときにはどんなことを意識すればいいか?」という質問が出ると、八田氏は「いかにしてポイントをとるかを考えることです」と答えた。「相手に自分のやりたいことを伝えないことが重要です」
日本レスリング界のパイオニアで八田氏の父、八田一朗氏が米国から日本にレスリングを持ち込んだときの逸話も披露した。自分がやっている競技でも、その歴史を学ぶ場はそうそうない学生たちにとっては、いい機会になったのではないか。
セミナーが終わると、まだ学び足りなかったのだろうか、国士舘でキッズレスリングを学ぶ2人の選手が八田氏に近づき、「片足タックルを切るにはどうしたらいいか?」と質問した。
「足の甲でマットをたたくようにするといい」
そう言いながら、八田氏は目を細めていた。