(文・撮影=布施鋼治)
パリ・オリンピックまで待ったなし-。6月6日(木)~9日(日)にハンガリー・ブダペストで行なわれる世界レスリング連盟(UWW)のランキング大会に出場する男子グレコローマン77㎏級の日下尚と同フリースタイル65㎏級の清岡幸大郎の三恵運輸所属の2選手が5月16日、ふだんの練習場所である日体大で練習を公開した。
昨秋の世界選手権で銅メダルを取り、一足先にオリンピック代表内定を勝ち取った日下は、4月のアジア選手権決勝で、世界選手権で辛酸をなめさせられたアクジョル・マフムドフ(キルギス)に雪辱。パリに向けた最後の調整で幸先のいいスタートを切った。
しかし、公開練習ではアジア王者としての余裕など一切なし。中でも日体大の松本慎吾監督を相手にしたスパーリングは見るからにハードで、途中で何度も悲鳴を挙げていた。
松本監督は日下の成長に目を細めた。「(同じくパリ・オリンピック代表内定選手でグレコローマン67㎏級の)曽我部京太郎もそうですけど、真面目で練習でも『負けたくない』という気持ちを全面に出して向かっていく姿勢からは、強くなる人間としての特性を感じる」
しかし、日下の練習はそれだけで終わらなかった。松本監督との練習が終わっても、曽我部とのスパーリングを命ぜられ、ボロボロになるまでやり続けた。すべてをやり切ったあと、前歯の差し歯をつけながら日下は気丈に振る舞った。
「このハードさこそレスリング。これだけ練習しているから、パリでも負けたくない」
ハンガリーでのランキング戦を終えても、日下はそのまま同国にとどまり、調整を続ける予定だ。
一方、4月のアジア予選でパリ行きのキップを勝ち取った清岡は、同じくパリ・オリンピックに出場する男子フリースタイル57㎏級の樋口黎(ミキハウス)とのスパーリングに励んだ。松本監督はポイントを激しく取り合う両者の練習を目の当たりにして顔をほころばせた。
「ああいうふうに勝ったり負けたりして、練習の中でいかに緊張感を出していくか。それが強くなるためのひとつの術だと思う。なあなあで練習をやっていたら、いざ試合になったときに、取り切る、あるいは守り切ることができなくなってしまう」
この日は日体大の女子チームも男子の練習に合流して汗を流していた。練習後、清岡は負傷によるブランクから練習に復帰したばかりの女子53㎏級代表内定の藤波朱理に細かいテクニックを教える一幕も。こうした交流も日体大の強さを支える要因になっているのか。
オリンピックの前哨戦ともいえるハンガリーのランキング戦に出場するテーマについて聞くと、清岡は本番前にキャリアを積み重ねたいことを強調した。
「自分は海外での試合経験が少ない。勝ちにいくけど、世界での自分の立ち位置を確認したい。特に、ヨーロッパの選手を相手にどういう試合ができるのか。その結果、どういう課題が生まれるのか。そういうことを発見しにいく大会だととらえています」
海外での試合経験が少ない分、清岡の闘い方はそれほど知られていない。だからこそハンガリーでは「(自分の手の内を)出しすぎないように心がけたい」とも話す。
「そうしたら、パリでもダークホースとしていけると思う。ハンガリーではどのくらいのレベルで自分を出せばいいのか。コーチの方々と話し合いながら試合をしたい。そこで勝っても負けても、やり方次第では悪い方向に進んでしまうこともあるので」
奇しくも日下、清岡、曽我部は四国出身。この3選手に女子57㎏の櫻井つぐみ(育英大助手)が加わり4選手が“チーム四国”を結成してパリに挑む。
最年長でチームリーダーの日下は「以前から四国出身者で頑張ろうぜという気持ちはみんな持っていた」と打ち明ける。「アジア予選で清岡と曽我部が出場を決めてくれ、僕としては大きな励みになっている。ただ、同じチームにいるとはいえ、誰にも負けられない。そういう気持ちは全員が持っていると思いますね」
パリ・オリンピック開幕まで100日を切った。闘いはすでに始まっている。