(文=粟野仁雄、撮影=矢吹建夫)
試合が終われば、「以前勝っていたので、勝ち切ることができる、と自信を持って闘えました」と振り返ってはみせた。しかし、順当に勝ったのではない。
10月にアルバニアで行われる非オリンピック階級の世界選手権代表をかけた女子55kg級のプレーオフ。昨年の全日本選手権チャンピオンであり、今年のアジア・チャンピオンの清岡もえ(育英大)の相手は、新婚でベテランの域に入っている世界チャンピオンの村山春菜(旧姓奥野=自衛隊)。決勝は接戦の末に今井佑海(自衛隊)を破っていた。
この日の清岡は、初戦の2回戦で内田颯夏(JOCエリートアカデミー/東京・帝京高)に敗れる不覚。先制攻撃するが、ことごとくカウンターを受けてしまい加点されていた。負けてもプレーオフへ挑めることは決まっていたが、思わぬ敗戦で不安がよぎる。
「プレーオフまで時間があったので、昼寝しようとしたけど寝られなかった」
そんな時、育英大の先輩の石井亜海(68kg級=今大会は72kg級で優勝)に声をかけられた。「(石井)亜海さんはプレーオフ経験者なので、こういう風にしたら大丈夫、といわれて心強かった。メンタルトレーニングをやっている亜海さんに『(トレーニング法を)紙に書き出して試合に挑めばいいよ』と言われ、そうした」。
不安でたまらないことを訴えた石井に「その気持ちよくわかるよ」と言われ、気持ちが落ち着いたという。
何と言っても安心できるのは肉親の言葉だ。男子フリースタイル65kg級の兄・幸大郎(三恵海運)は、4月のアジア予選でパリ・オリンピックの切符を手にしていた。
「最近は、兄の活躍が自分の頑張る源になっている。自分も最後まであきらめなければ絶対に勝ち取ることができると思っていた。2日くらい前だったかな、『不安だ』と兄にラインすると、『いつも通りやれば勝てる。そのくらいの実力はあるから、それを信じろ』と励ましてくれたんです」
初戦で負けた後は、「お尻はマットと平行にして」「左構えの相手には、頭を顔半分くらい低くして詰めれば大丈夫」などとアドバイスされた。
アジア選手権のときは、(経由地の)ドバイが大雨のため空港が閉鎖され、応援に来てくれた母が丸1日、足止めされてしまって大変だったと言う。「今日は、母も無事に来てくれました。でも兄は、夜はライブに行くとか言っていましたね」と笑わせた。
パリ・オリンピックには、育英大の2年先輩で、故郷・高知での幼なじみでもある櫻井つぐみの練習パ-トナーとして派遣される予定という。同じ2年先輩の元木咲良(62kg級)もパリ・オリンピックの代表。68kg級の石井亜海(前述)がプレーオフで負けていなければ、育英大のオリンピック代表は3人になるところだった。
熾烈なオリンピック代表争いの勝者と敗者が身近にいる。彼女らが今、技術面もメンタル面も教えて全力で清岡を応援してくれる。加えてオリンピック代表の兄の存在。こんな素晴らしい環境は他にない。
「花の都」で兄を応援し、先輩をサポートしながら、清岡は、2028年ロサンゼルス・オリンピックを見すえたノウハウをたっぷりと吸収してくる。