(文=布施鋼治、撮影=矢吹建夫)
「(自分の優勝に)びっくりしています。負けたくない、という気持ちは、もちろんあったけど、(自分が置かれた)練習環境や仕事のことを考えるとなかなか『優勝を狙います』とは言えなかった」
大会第2日(5月24日)、男子グレコローマン77㎏級は島袋慶生(新潟県協会)が制した。決勝は日体大の後輩で学生二冠王者(全日本学生選手権・全日本大学グレコローマン選手権)の山田脩(日体大大学院)との一戦となり、第1ピリオドはリードを許してしまう。しかし第2ピリオドになるとローリングで逆転に成功し、最後は7-3で初優勝を決めた。
島袋は「第2ピリオドはローリングで行こうと考えていた」と明かす。「練習量の関係もあり、最初から飛ばすと大変だと思ったので後半勝負と決めていました」
ノルディック方式で行われたこの階級の予選で、島袋は山田に敗れているので、決勝でリベンジを果たしたことになる。それだけではない。準決勝で同郷(沖縄県)の後輩で全日本選手権2位の友寄汰志(日体大)に勝ったことも大きかったと言う。「友寄には国体で負けている。彼は(大学の)後輩。そのあたりのプライドはありましたね」
新潟県三条市の月ヶ岡特別支援学校で教員を務めていた島袋は、この4月から新潟市の東新潟特別支援学校に勤務。放課後になると、市内の北越高校レスリング部の外部コーチとして指導しつつ、自ら汗を流す毎日だ。「いま、3年生の部員はゼロ。1年生も初心者だけなので、新潟市内の巻っずクラブ(本名栄仁代表)というところでも練習させてもらっています」
決して満足のいく練習環境ではないだけに、自分の優勝に驚いていたことも、うなずける話ではないか。島袋は沖縄県出身。新潟との出会いは日体大に在学していたときまでさかのぼる。
「ある日、朝練が終わったあとに松本(慎吾)先生から『新潟でやってみないか?』と声をかけられたことがきっかけです。行ってみるかという気になりました。全国高校選抜大会で(出身の浦添工高が)初めて団体日本一になったのが新潟だったので、ご縁はあったのかな、と思いました」
同じ階級でパリ・オリンピック内定を決めた日下尚(三恵海運)は日体大の後輩だけに、目を細める。
「日下は昔からよく練習していました。屋比久(翔平)先輩もすごかったけど、日下も『こんなにすごい練習をするんだ』と感心していました。あの押しの強さはやっぱり相撲出身だからですかね。下半身のぶれなさぶりは本当にすごい。もうひとつ彼の長所をあげるとするならば、度胸ですね。さすが大学1年で明治杯のチャンピオンになった(2019年)だけのことはあります」
明治杯に続いて「12月の天皇杯も!」という威勢のいい言葉を引き出そうとして今後の抱負を聞いたところ、島袋は「もう(自分の試合は)いいかなと」とつぶやいた。
「自分の選手としての活動は、周りと相談ですね。今は指導がメイン。本音を言えば、これで気持ちよく終わりにしたい」
現在の目標は「自分の教え子からオリンピックの金メダリストを出すこと」。冬になると凍てつくような寒さを感じる新潟だが、人の心はとてもあたたかい。そんな第2の故郷で、島袋は指導者として本格的なスタートを切ろうとしている。