(文・撮影=布施鋼治)
初戦で2021年東京五輪の銀メダリスト、2回戦で昨年の世界チャンピオン。そしてトーナメント決勝ではイランの新鋭-。
かつて、これほど充実したオリンピック前哨戦があっただろうか。6月6日、世界レスリング連盟(UWW)のランキング大会「イムレ・ポリヤク&ヤノス・バルガ国際大会」第1日の男子フリースタイル65㎏級で優勝した清岡幸大郎(三恵海運)にとっては、最大の収穫と課題が見つかった大会だった。
参加選手数の関係で、予選はノルディック方式のリーグ戦となり、1回戦で2021年東京オリンピック決勝を乙黒拓斗(自衛隊)と争ったハジ・アリエフ(アゼルバイジャン)、2回戦で昨年の世界王者イスマイル・ムスカエフ(ハンガリー=元ロシア)との試練の連戦が決まった。この組み合わせを知ったとき、清岡は、ひるむどころかSNSで「考えうる最高のトーナメント」と興奮を隠せなかった。
「パリ前に、この大会で主人公になる」とも宣言していたが、その公約通り、清岡はひときわ目立つ活躍を見せた。しかし、すべて順風満帆に進んだわけではない。アッバス・イブラヒムザデフ(イラン)との決勝では、ローリングを連続して決められ、いきなり0-8の大ピンチに陥った。「自分の処理のミスで点数を重ねられてしまった」
しかし、焦りは全くなかったという。
「(先に試合をした)樋口先輩が0-8からの逆転を見せてくれたので、(自分も)やるだけだな、と思っていました」
案の定、その直後、十八番のリンクル=首を相手の両脚の間に入れる変則的なアンクルホールド=を連続で決めて8-8。その後も追加ポイントを取り、12-8で勝利をおさめた。清岡はイブラヒムザデフが攻め疲れしていたタイミングを見逃さなかった。
「相手を見たら、自分よりばてていた。自分もばてていたけど、まだ攻撃できる体力や気力は残っていた。組み手でひたすらプレッシャーをかけ続けました」
終わり良ければすべてよし、と言いたいところだが、自己採点を求めると「60点」しかつけなかった。無理もない。決勝で“王手”をかけられただけではなく、アリエフとの予選1回戦では2-5と敗れているからだ。
「初戦はアップまではよかったけど、体もちょっと硬かった。実際にアリエフと相対したとき、テクニックがすごくある選手なので、『自分から行ったら逆に取られるんじゃないか…』と、カウンター技の怖さを感じるなど気持ちで弱い部分があったと思う」
こうも振り返る。「初戦から決勝のようにガツガツ前に出ることができていたら、もっと違う展開になっていたと思います」
しかし、気持ちを切り換えて臨んだムスカエフとの2回戦で世界王者を破るという殊勲の星をあげた。UWWはこの勝利を「Big upset(大どんてん返し)と報じている。
「自分はあくまでチャレンジャー。世界選手権で優勝している選手だったから、胸を借りるつもりだった。仮に負けたとしても、『日本に帰ってから修正しよう』くらいの気持ちでした」
その後の予選リーグで、ムスカエフがアリエフを破ったため、3選手が勝ち点で並んだが、勝ち点、さらにテクニカルポイントの合計で清岡が予選1位通過で決勝トーナメント進出を決めた。決勝トーナメントを含めると、全4試合(予選リーグ3回戦は不戦勝)を闘い抜いたことは「自信になった」と振り返る。
「でも、1敗はしているわけで、これが(パリ・オリンピックの)トーナメントだったら、その時点で終わりだった。優勝はしたけど、自分はまだチャンピオンではない。今大会は自分がパリでチャンピオンになるために、勝ちも負けもいい経験になったと思います」
全てはパリのために。乾いたスポンジのように、現在の清岡は何ごとも吸収できる柔軟さを持ち合わせている。