(文・撮影=布施鋼治)
世界レスリング連盟(UWW)のランキング大会「イムレ・ポリヤク&ヤノス・バルガ国際大会」(6月6~9日)の期間中、開催地であるハンガリーの首都ブタペストは、朝晩は冷え込むにもかかわらず日中は暑く、湿度は高いという体調を崩しやすい気候だった。
そのせいか、大会最終日にマットに上がった男子グレコローマン男子77㎏級の日下尚(三恵海運)の体調はいまひとつ。初戦のアルジェリア選手との試合の動きを見ても、本調子には程遠かった。
日下も「2回戦までは本当に動きが悪かった」と振り返る。「身も心も、ふわふわしている感じ。試合の2日前にブタペストに入ってからの練習でも、すぐばてていた。調整から思い通りにいかなかったですね。勝手な想像ですけど、暑い中で水分(体重)を落としていたので、体の中の水分が外に出せなくなってしまっていたのかと思います」
ようやく動けるようになったのは、2022年アジア選手権72kg級優勝のモハマド・レザ・モフタリ(イラン)を破った3回戦からだった。その直前に日体大で一緒に汗を流す同じグレコローマン67㎏級の曽我部京太郎(ALSOK)が、初戦の2回戦で昨年の世界王者でオリンピック2階級制覇を目指すルイス・オルタ・サンチェス(キューバ)の反則三昧(ざんまい)の試合運びの前に黒星を喫したことも気持ちに火をつけた。
「京太郎のことは弟のように思っている。今日の黒星も、パリに向けての糧になると信じています」
この遠征のクライマックスは、昨年の世界選手権2位のサナン・スレイマノフ(アゼルバイジャン)との準決勝だった。この一戦を2-1で制した日下は、「以前、このアゼルバイジャンの選手に僕は負けているので(2019年秋のU23世界選手権)、やり返したかった」と胸をなで下ろした。
4月のアジア選手権では世界王者のアクジョル・マフムドフ(キルギス)を撃破しているので、この大会で世界1位と2位を立て続けに倒したことになる。
その勢いで、決勝では72kg級で2018・19年世界選手権3位の実績を持つアイク・ムナツァカニャン(ブルガリア)と対峙したが、試合が始まった直後、相手が負傷のため棄権したので、日下は労せずして優勝した。
「大会前からこのブルガリア選手とは対戦したかった。この選手は正面から当たってくれないというか、ずるがしこいレスリングをしてくる。そんな選手に対してどう闘うか、ということを課題にやってみたかったけど、ああいう形(相手の唐突な棄権)で終わってしまった」
だが、世界王者に続いて世界2位を倒したことで、日下は「自分のスタイルが世界に通用することが分かった」と胸を張った。「あとは自分のスタイルを突き詰めていくだけですね」
日下のファイト・スタイル、それは中学時代までレスリングとともに打ち込んだ相撲で培った粘り腰をグレコローマンに応用するというものだ。「自分のスタイルはつまらなく見えるかもしれないけど、(場外押し出しの)1点ずつでも取っていく。その1点が自分の中では技だと思っている。その1点を積み重ねていくスタイルを貫きたい」
試合の翌日、日下は曽我部や笹本睦コーチ(日本オリンピック委員会)らとともにハンガリーの地方都市・タタで実施されるグレコローマンの強化合宿に向けて出発した。
「パリ・オリンピックの前にいろいろな国の選手が集まる最後の機会。どこの国の選手が参加するのかまでは分からないけど、外国人ならではの技のタイミングを自分の体にたたき込んできたい。まだハンガリーの選手(ゾルタン・レバイ=今年1月のザグレブ・オープンで黒星)にはリベンジを果たしていないので、この合宿中に実現したい」
この大会の結果を受け、日下はライキング・ポイントを重ね、パリ・オリンピックでは第1シードで出場できる見込み。金メダル獲得は決して夢物語ではない。パリでも地元・香川名産のうどんでパワーをつけながら、相撲仕込みの怒濤の“寄り”を魅せてくれ-。