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2024.06.23

【特集】文武両道がレスリング界の新たな「うねり」となるか…57年ぶりにインターハイ学校対抗戦に出場する神奈川・慶應義塾高の挑戦(上)

 

 昨夏の全国高校野球選手権(甲子園)は、神奈川・慶應義塾高が107年ぶりの優勝を遂げた。入学に参考となる偏差値(平均点を50と設定)が「75」という超難関校。推薦入試制度はあるものの、中学校での内申点が9科目で38以上(満点は45)必要など、文武両道を貫く高校だ。それだけではなく、「自由な髪型」や「プレー中の笑顔」など、これまでの高校スポーツの固定概念を覆すチームの快挙は、スポーツ界に一石を投じた。

 野球部に張り合ったわけではないようだが、今年、同校のレスリング部が飛躍しようとしている。5月のインターハイ神奈川県予選で優勝し、1967年以来、57年ぶりの本戦出場決めた。不戦敗を除き、全試合がテクニカルスペリオリティ勝ちか不戦勝という素晴らしい内容だった。

▲5月12日の神奈川県予選で、57年ぶりのインターハイ学校対抗戦出場を決め、個人対抗戦でも4階級を制した慶應義塾高チーム=提供・神奈川県協会

 昨年秋の段階で部員は3人。選手数が足りず、今年の学校対抗戦の出場もあきらめかけていた中、2人の新人が加入。学校対抗戦の出場が可能となり、一気に県優勝を決めた。個人対抗戦でも4階級を制し、5選手全員が8月1~4日に佐賀県で行われる全国大会へ出場する。

 6月初めの関東高校大会は、個人戦の成績を得点化して団体も競う試合方式。ここでも2階級で優勝し、前年1~3位の自由ヶ丘学園(東京)、花咲徳栄(埼玉)、足利大附(栃木)を振り切って団体優勝する強さを見せた。インターハイでの躍進が注目される。

慶應義塾高の飛躍を支えた瀧澤勇仁と岡澤ナツラ

 飛躍を支えたのが、昨年のアジア・ユース大会80kg級優勝などの実績を持つ岡澤ナツラ主将(茨城・水戸四中卒)と2022年U17アジア選手権65kg級3位の瀧澤勇仁副主将(東京・自由ヶ丘学園Jr.アカデミー出身)の2人の3年生、中学時代に全国3位の実績を持つ2年生の菅原大志(神奈川・磯工ベアーズ出身)。

 ここに、昨年の全国中学選抜U15選手権で3位入賞を果たした長沼一汰(東京・WRESTLE-WIN出身)と山中創太(神奈川・磯工ベアーズ出身)の2選手が加わり、学校対抗戦で必要な部員数を確保。快挙へとつながった。

▲慶大と合同練習が基本だが、大学生の授業次第では10人程度の選手で練習する

 岡澤ナツラ主将は、今回のチームの快挙に「びっくりです」と言う。インターハイでも優勝を目標にしているが、7階級を5選手で闘うことを考え、「最低でも2日目に残り、メダル争いにからみたい」と話した。

 瀧澤勇仁副主将は、インターハイでの学校対抗戦について、「(全国での)自分たちの力は分からないですね」と話すが、岡澤と自身の2人の3年生は「勝つことが絶対条件。2人が勝つことで、1・2年生の闘いの後押しをしたい」と話す。

 個人戦では、岡澤主将は同じ階級にグレコローマンでシニアのアジア王者に輝いた吉田泰造(香川・高松北高)がおり、フリースタイルでも強いことを知っているので、「チャレンジャーとして臨みます。瀧澤と一緒に出る最初で最後のインターハイなので、2人で優勝し、慶應の名前を全国にとどろかせられればいいですね」と控えめながらも、吉田を倒しての優勝に目標を定めている。瀧澤は「優勝が目標」ときっぱり。

週末は自主的に近隣の大学へ行って練習

 岡澤主将は、茨城・HITACHI時代に全国王者を一度獲得しており、コンスタントに上位へ進出。コロナ禍に見舞われた中でも2021年全国選抜中学選手権で勝ち、慶應義塾高へ進学。2022年に瀧澤と一緒にU17アジア選手権に挑み(6位)、昨年はU17世界選手権出場(16位)とアジア・ユース大会優勝という国際舞台での実績をつくった。今年も、上位選手の辞退によってU20アジア選手権へ出場する予定。

 瀧澤副主将は、東京・フィギュアフォークラブ時代に4度の全国王者の経験がある(全国少年少女選抜選手権を含めれば7度)。東京・自由ヶ丘Jr.アカデミーへ進み、2021年に3年生で迎えた全国中学選抜選手権で岡澤とともに優勝。慶應義塾高1年生のときに出場した2022年のU17アジア選手権で3位入賞の成績を残している。

▲2021年全国中学選抜大会で優勝した瀧澤勇仁(左)と岡澤ナツラ。翌春、ともに慶應義塾高校へ進んだ=撮影・矢吹建夫

 資質や実績からすれば、レスリングの強豪高校へ進む選択肢もあった両選手だが、選んだのは、超難関高校の慶應義塾高。練習は慶大と合同が基本。同大学は入学後にレスリングに取り組む選手も多く、全国トップを目指す練習としては十分な環境ではない。

 それでも国際舞台へ出場するなどの成績を出しているのは、単に“これまでの貯金”ではない。監督がセッティングしなくとも、週末には専大、早大、神奈川大、明大、日大などの首都圏の強豪大学、ときに山梨学院大へも出向き、強い練習相手を求める姿勢を持つ。

 専大へ出げいこに行ったことが縁で、同大学の佐藤満部長(1988年ソウル・オリンピック金メダリスト)がときに足を運んでくれ、特別コーチとして指導してくれるようになった。世界トップレベルの技術を学べることも大きい。

▲佐藤満・特別コーチの丁寧な指導を受ける選手たち

「強い選手は、だれもが頭がいいはず」…大山泰吾監督

 この4月からチームを指揮しているのが、同高~慶大でレスリングを続けた大山泰吾監督(ソニー勤務)。選手時代は、2019年に東日本学生秋季選手権を制し、慶大から45年ぶりの全日本選手権出場を果たしている(関連記事)。大学1年生のときの2016年東日本学生リーグ戦でチームが二部優勝を果たして45年ぶりの一部昇格を経験するなど、“快挙”を経験してきた指導者。それでも、57年ぶりのインターハイ出場に「一番大きな衝撃ですね」と驚きを隠せない。

▲2019年東日本学生秋季選手権で優勝し、敢闘賞を受賞、慶大選手として45年ぶりの全日本選手権出場を決めた大山泰吾・現慶應義塾高校監督

 その大山監督は「進学校の快挙」という言葉に、ちょっと首をひねった。「スポーツは、どんな練習が必要で、何が勝利につながるかなどを自分で考えられる選手が成績を出すと思うんです」と話し、強い選手はだれもが「頭がいいはず」と言う。言われたことをやるだけの選手では、ある程度までは強くなるだろうが、壁にぶつかったとき、それを破ることができない。

 オリンピック3連覇を達成したアレクサンダー・カレリン(ロシア)は、レスリングをチェスにたとえ、「考える力」の重要性を述べていた。考えることのできない選手では、強くなれないのは確かだ。勉強の時間が必要なため練習時間が短いなら、短いなりの質の高さが求められる。慶応義塾高校の場合、定期試験前の1週間はクラブ活動が禁止になるので、それを見越した練習計画を考えなければならない。

 とはいえ、座学の勉強と、マット上のレスリングの双方を同じように高めるのは、「言うは易(やす)し、行うは難(かた)し」。それを考えると、「ここにいる選手は、よくやっているのかな、と思います」というのが本音だろう。

《続く》







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