一昨年、昨年と日体大に3-4のスコアで敗れ、東日本学生リーグ戦の優勝に見離された山梨学院大。2024年6月26日、その屈辱をはね返す瞬間がやってきた。
マット上で闘っていたのは、昨年の日体大戦で4敗目を喫した荻野海志(65kg級)。優勝を待ち切れない応援席からは、残り時間が10秒を切るやいなや、カウントダウンが始まった。「0」になったと同時に、それは大歓声に変わり、駒沢屋内球技場に熱狂の地響きを巻き起こした。
荻野は、そのあとチームメートの試合を熱く応援していたが、全試合が終わると、こらえることができず、はばかることなく大粒の涙を流した。61kg級(小野正之助)、86kg級(五十嵐文彌)、125kg級(ソヴィット・アビレイ)の勝利は固いとされた中、“あと1勝”を取らねばならない最右翼が荻野だった。
昨年の屈辱を晴らすべく選手にチームの優勝を決める機会を与えたのは、この1年間、あの悔しさを支えに努力を続けてきた選手に対する天の配剤か?
小幡邦彦監督は「コロナ明けの2年間、あと一歩というところで負けていた。悔しい思いをした選手が残っていたので、その結果だと思います。その気持ちの部分が、相手よりウチの方が勝っていたのかな、と思います」と、2年間、競り負けて優勝を逃した悔しさを優勝の原動力に挙げた。
チームスコアは5-2だったが、「どっちに転んでもおかしくない試合の連続だった」と言う。「出てくれた選手は、きょうは本当に強かったです」と言ったあと、こみあげてくるものがあり、言葉が途切れた。
約15秒…。涙はかろうじてこらえたものの、「選手たちは、本当に苦しみながらも頑張ってきました。それを見てきました。今年は、何とか勝たせてやりたいと思った」と震える声を絞り出した。「応援の選手を含め、全員の力で勝ち取った優勝だと思います」と話し、チームの団結を強調した。
優勝のMVPを問われると、「全員です」と即答。「61・86・125kg級の勝利は固いと(当HPに)書かれていたけど、100パーセント勝てるとは思っていなかった。リーグ戦独特の雰囲気、プレッシャー…。どう転ぶか分からないのが勝負。全員にMVPを与えたい」と話した。
チームをまとめた鈴木大樹主将は「応援の選手を含めて、チーム一丸となっての優勝です」と王座奪還を振り返った。チームの前回の優勝のときは入学前だったので、優勝の経験はない。優勝のためには、どんなムードが必要なのか分からない面もあったとのことだが、「優勝に向けて盛り上がっていました。いいチームだったと思います」と言う。
自身は髙橋海大に敗れてしまったが、すぐ後を闘った副主将の森田魁人が細川周を破る貴重な勝利を挙げたので、「4年生の勝利、と考えていいのでは?」との問いに、「そうですね。助けてもらいました」とうなずいた。11月の全日本大学選手権での団体二冠王達成を目指して、「このあとも頑張りたい。自分ができることは、すべてやりたい」と話した。
森田副主将は「(学生生活の)最後のリーグ戦に勝てたことは、とてもうれしいし、自分の成長にもつながったと思います」と言う。昨年秋までは61kg級で闘い、その後、70kg級へ。この日闘った細川周は「大きかった」と感じ、まだ体つくりは途上だが、ラスト45秒に決めた4点となるタックル返しは「狙っていました。脚を取りに来い、と思っていました」と、作戦通りだったことを話した。
3年生が強いチーム。強い選手は個性があって我(が)も強いので、「まとめるのは大変でした」と苦笑いし、鈴木主将とともにチームをけん引したここまでを振り返った。
チームの優勝を決めた荻野は「ホッとしています」と第一声。森田の勝利を受けて気合十分に見えた闘いだったが、実は5月の明治杯全日本選抜選手権で3位に終わって「自信をなくし、自分を見失ってしまった」と、スランプ状態だったと言う。原因は、「守るレスリング」から脱却できなかったこと。今大会の第1・2日に修正を試みたが、うまくいかなかった。
優勝のかかった試合で、そんなことは言っていられない。相手の田南部魁星主将とマット上で相対したとき、「正々堂々とやろう」と言わんばかりのアイコンタクトの応酬があった。「日体大の選手はライバルですけど、刺激し合える相手。みんなをリスペクトしています」という気持ちからの行動だった。
火花散る闘いは、1点をめぐる攻防となり、第1ピリオドは荻野が0-1とリードを許してしまった。だが第2ピリオド、場外ポイントとアクティブタイムの各1点で、ラスト50秒に2-1とリード。場外に出されても、技術回避のコーションを取られても、負けとなる状況をしのぎ切り、チームに優勝を引き寄せた。
守るレスリングの克服が今後の課題だが、「きょうは勝てばいい試合だったのかもしれませんので…」と結んだ。競り合いを制した貴重な勝利は、スランプ脱出に役立つことだろう。
荻野が勝つ前に57kg級の勝目大翔と70kg級の森田(前述)が勝ち、チームの勝利の可能性を高くしていた闘いだった。抽選で最終試合となったエース(小野正之助)を待つまでもない展開となったが、小幡監督の「どっちに転んでもおかしくない試合の連続」「全員がMVP」という言葉は、まごうことない本心に違いない。
同監督は全試合が終わったあと、優勝インタビューを待ってもらい、反対側のコーナーにいた日体大の松本慎吾監督のもとへ駆け寄って深々と頭を下げた。日体大を倒すために頑張ってきた。日体大の存在があったから、選手は闘うエネルギーを持つことができた。
ライバルへのリスペクトを持ち、悔しさをエネルギーに変えて頑張った選手。相手へのリスペクトを忘れない指揮官。一昨年、昨年と山梨学院大の王座奪還を見放した勝利の女神は、その悔しさを支えに一丸となって頂点を目指したチームを、しっかりと見守っていた。