(文=布施鋼治 / 撮影=矢吹建夫)
「今年の山梨学院大は強い」。2024年東日本学生リーグ戦の開幕前、いったい何度そんな声を耳にしたことか。考えてみれば、昨年や一昨年も同じ声があまた聞こえていた。
「予想通り、今回こそ日体大は危ういのか」
昨年までは、そう思いながら両チームの直接対決を見たが、いずれも4-3のスコアで日体大が勝利をおさめ、絶対王者としての地位は揺るがなかった。
どれほど不利な予想を立てられようとも、いざとなったら強い-。裏を返せば、それだけ底力があったということになる。
ちなみに昨年の日体大は、王手をかけた状態で、のちにパリ・オリンピック代表となった主将の清岡幸大郎(現三恵海運)が登場し、荻野海志(当時2年)と激突。清岡は一時、5点のビハインドを許したが、その後8-5と逆転し、チームの3大会連続、通算29度目の優勝の立役者となった。
今春社会人となった清岡は、今年は母校の応援に回ったが、大会後にSNSでつぶやいた。
「勝ち続けることって本当に難しい」
その言葉通り、今年の山梨学院大は本当に強かった。キーマンは、昨年清岡に辛酸をなめさせられた荻野だった。
山梨学院大の3勝1敗で迎えた65㎏級で、田南部魁星主将(4年)と対戦した荻野は、第2ピリオドの序盤にはバックを取りにきた相手に対してカウンターで逆にバックを奪い、1-1ながらラストポイントによってリードした。田南部が場外押し出しを狙っても、寸前のところで回避して逆転を許さない。最後はアクティビティータイムで2-1として、そのまま勝利をつかんだ。
試合後、田南部は「これが最後の大会というわけではない。これからチーム全体でしっかりと練習して、次の内閣(全日本大学選手権)に向けて頑張っていけたらいいなと思っています」と気丈に語った。
荻野との試合は最後まで双方が攻め合う展開で、「見ている人は面白く、盛り上がる試合ができたと思う。次にそういう試合になったときには、自分が勝てるようにしたい」と話した。
王手をかけられた状態での出番には、プレッシャーを感じなかったという。「自分で盛り返してやろうという気持ちだけでした。今年は山梨が強いと言われていたので、負けないようにというか、自分たちも挑戦者という気持ちの方が大きかった」
日体大の湯元健一コーチは「荻野選手は去年も勝負の明暗を分ける試合をしていた」と振り返る。「対戦相手は違うけど、今年はリベンジするという思いが強かったんだと思う。山梨学院大はこの2年間、悔しい思いをしてきた3年生たちがしっかり勝ってきた。『やられたなぁ』と思いました」
日体大勢の戦力や傾向をしっかりと分析してきたことも見逃せない。“先鋒”として86㎏級で小柴伊織(4年)と対戦した山梨学院大の五十嵐文彌(3年)は、徹底した“後の先”狙い。小柴もカウンターを重視したので見合う攻防が続いたが、そうした中で五十嵐は相手を先に動かしたうえでのカウンターで点数を重ねていた。
周囲が「絶対に取ってくれる」と期待していた第2試合(57㎏級)で、全日本&アジア王者の弓矢健人(3年)が勝目大翔(2年)に3-7で不覚を喫したことも痛かった。勝目の勝因は、弓矢のタックルをことごとく切り、懐に入らせなかったことか。
日体大の松本慎吾監督は「今年は山梨学院大が強かった。それだけです」と、潔く完敗を認めた。「最初から、山梨学院大の選手の方が『勝つ』という気持ちが上回っていた。それを我々は食い止めることができず、敗戦という形が続いてしまった。今回負けた気持ちを忘れずに、日々強化に取り組んでいきたい」
見方を変えれば、ここから日体大は巻き返しをはかろうとするからこそ、大学レスリングはより活性化し、それが日本のレスリング界全体の底上げにもなる。1年後、チームとしての日体大はどんな進化を遂げているのか。