(文=布施鋼治、撮影=保高幸子)
今年で36回を迎える日体大恒例の群馬・草津町合宿が、7月1日からスタートした。3年前の東京オリンピック直前には、コロナ禍で草津合宿を行うことができなかった。日体大の松本慎吾監督にとってはそれが痛恨だった。
「モヤモヤした気持ちのまま東京オリンピックに突入し、文田健一郎は銀メダルを獲得したけど、(調整として)あと何かひとつ足りなかった」
ひとつ足りなかったものとは何か。突き詰めていくと、それが草津合宿だった。昨年から草津町協力のもとで合宿が復活。今回は自衛隊や育英大の精鋭も参加したうえでの合宿となった。
松本監督は「これがパリ・オリンピックに向けての最後の追い込み」と位置づけていた。「最後は体力が勝負を左右する。あれだけ草津で追い込んだという経験が自信になるという思いでやっています」
松本監督の発言は、決してオーバーではない。今回の合宿に参加した男子グレコローマン60㎏級の文田健一郎(ミキハウス)は「(直前になったら)合宿のことばかり考えてしまい、手がどんどん冷たくなってしまった。合宿開始前には、緊張で(食べ物を)戻してしまったくらいです」と打ち明けた。
しかし、過去草津合宿に参加した経験を持つ文田は、体で合宿のメリットを把握していた。「ここまでやれば、(東京に)戻ったあと、楽になる。これまで結果を出せた大会前は、草津で追い込めていた。この後も準備をすべて整えられたら、不安材料なく(パリの)マットに立てると思っています」
今回の合宿は文田のほか、67㎏級の曽我部京太郎(ALSOK)、77㎏級の日下尚(三恵海運)、女子57㎏級の櫻井つぐみ(育英大助手)、女子62㎏級の元木咲良(同)と5名のパリ・オリンピック代表組が参加した。
マスコミ公開日となった3日のマット練習には、曽我部と日下が体調不良で不参加となったが、文田VS櫻井など、ふだんは見られないスパーリングも実現し、互いにいい刺激を受けた様子だった。
「スピードやタイミングは(櫻井から)すごく学ぶところがある。いい相乗効果があればいいと思う」(文田)
「パリで最後まで力を出し切るために、この合宿がある。育英大で男子とやる時とも全然違う。(文田は)強いしうまい。ありがたいなって思います」(櫻井)
昨年も草津合宿に参戦した元木は、終わった直後には「あまりにもきつくて、もう絶対参加したくない」と後ろ向きな気持ちになったという。しかし、パリ・オリンピックを直前に控えた現在、最終追い込みの場所として草津は最高の舞台となる。櫻井同様、3日のマット練習では精力的に打ち込みをこなしていた。
「海外の選手は力ずくで返しにくる。いい想定になりました」
翌4日の午前は、練習場所を体育館から天狗山に移し、冬場はスキー場となる急勾配の山道でダッシュなどを繰り返した。前日に23歳の誕生日を迎えた曽我部は、天狗山での練習には元気に参加。23歳になったことを記念して、23回ダッシュするというメニューを課せられ、最後はひとり居残り必死にやり切った姿が印象的だった。
「誕生日の当日は、まだ体調不良で何ともいえない状況だった。でも、今日はこうやってパリに向けて追い込むトレーニングができてとても感謝しています」
6月初めにハンガリー・ブダペストで行われた世界レスリング連盟(UWW)のランキング大会に参加。世界王者オルタ・サンチェス(キューバ)から反則三昧の攻撃を受けるなど、トップ選手の洗礼を浴びたが、曽我部はそれもいい経験になったと開き直る。
「大会が終わったあと、そのままハンガリーに残って他国の選手たちと一緒に合宿しました。日本の選手と比べると、組んだときの感触が全く違った。パリ直前に海外勢とたくさん練習できて本当によかった」
天狗山のトレーニングでは、オリンピック内定組もダッシュが一本終わるたびに倒れ込んでいた。それはベテランの文田とて変わりない。一本やり切るたびに、ひざまずいたり、大の字になっていた。天狗山の中腹で泥と草にまみれた経験が本番で活きるか。