【パリ(フランス)、文=布施鋼治】圧巻の優勝劇だった。2024年パリ・オリンピック・レスリング競技第4日(8月8日)、女子53㎏級の藤波朱理(日体大)は、決勝でルシア・イェペス(エクアドル)を10-0のテクニカル・スペリオリティで破り、子供の頃からの夢だったオリンピックの金メダルを獲得した。
「この瞬間を願い続けてここまでやってきた。それを実現することができたので、本当にうれしい」
前日まで日本の女子は銅メダルが2つで、金メダルにはまだ届いていなかった。“日本のお家芸はどうなるのか”という空気は藤波も感じていた。「やっぱり『オリンピックは簡単にいかない』と思いました。それでも、自分のやることは変わらないので、集中して試合に挑みました」
今年3月には練習中に左ひじのじん帯を切る大けがを負い、すぐ手術しなければいけなかった。まさかの戦線離脱。それでも、藤波は自分の身に降り掛かった出来事のすべてをポジティブにとらえようと心がけた。
「もしオリンピックの直前にけがをしていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。ひじのけがは自分に必要なものを教えてくれるメッセージだと受け止めたい。それからは単純に追い込むのではなく、ピーキングを考えてやるようにしました」
けがだけではない。藤波にはパリの前に避けて通れない“もうひとつの敵”が立ちはだかっていた。減量だ。53㎏級の選手として見ると、藤波は身長も高く(164cm)、骨格のフレームも大きい。
しかしながら、今年3月から母・千夏さんが上京し、地元・三重県で暮らしていたときのように手料理を振る舞ってくれることで減量の不安は解消した。
「練習でクタクタになって帰宅しても、すぐお母さんが作ってくれたご飯を食べられることは本当にうれしい。メンタル的にも何でも話せる人が身近にいることはすごくいい」
案の定、53㎏級の初日(7日)、藤波の調子は見るからによさそうだった。リカバリーもうまくいったのだろう。肌がカサカサになっていることもない。1回戦は6-0から、2回戦は8-2から、ともにフォール勝ち。準決勝は10-0のテクニカルスペリオリティで勝利を収め、翌日の決勝戦へと駒を進めた。
初めてのオリンピックということで、藤波はワクワクドキドキ感と緊張感という、相反する気持ちを胸に抱きながらマットに上がっていた。フランスはレスリングより柔道の人気が高いお国柄ながら、オリンピックということもあるのか、レスリング会場となったシャン・ド・マルス・アリーナには連日満員(約8,000名)の観客が詰めかけていた。
しかも、フランスの観客の乗りはよく、すばらしい投げやタックルが決まれば、国や性別や人種に関係なく惜しみない拍手や歓声を送っていた。藤波の場合、試合を重ねるたびに認知度が高まってきたのだろう。日本からの応援団以外の歓声も大きくなっていた。
「観客の声だったりで、オリンピックは他の大会とは違うということを身にしみて感じました。でも、入場から試合まで楽しむことはできたと思う」
迎えた決勝戦。昨年の世界選手権ではイェペスに5点リードを許す場面もあっただけに、今回の白熱の攻防が予想されたが、この日のイェペスは藤波の敵ではなかった。
第1ピリオドから藤波の仕掛けに防戦を余儀なくされ、反撃するチャンスすら見いだせない。対照的に藤波は得意の片足タックルで次々とポイントを重ね、終わってみれば無失点で好敵手と目されたイェペスを下した。
表彰式で見た会場の光景は格別だった。
「もう、こんなこれ以上の絶景はないだろうと思いました。最高です」
連勝記録は「137」まで伸びた。藤波朱理の時代がやってきたのか。