(文=布施鋼治)
「金メダルは、ものすごく重たい。金メダリストというのは、なんか夢のような話だと思っていたけど、こうしてメダルをもらうと、現実なんだなと思いますね」
表彰式後、櫻井つぐみ(育英大助手)はもらったばかりの金メダルを手に、まだ信じられない様子だった。
2024年パリ・オリンピック第5日(8月9日)、女子57㎏級決勝で櫻井はアナスタシア・ニチタ(モルドバ)を6-0で下し、オリンピック初出場で初優勝を遂げた。
「この瞬間のために練習してきました。多くの人たちのサポートがあったからこそ、ここにいることができました。優勝できて本当にうれしいです」
圧巻の戴冠劇だった。一回戦を6-1、2回戦を11-0(テクニカルスペリオリティ)で通過。準決勝では今大会で最大のヤマ場といえるヘレン・マルーリス(米国)との一戦を迎えた。2016年リオデジャネイロ・オリンピック女子53㎏級決勝では、4連覇を目指していた吉田沙保里を撃破したことで日本でも知名度の高い選手ながら、櫻井は過去に世界選手権で2度対戦しており、いずれも勝利を収めている。
しかし、8年ぶりに「金」を狙うマルーリスも好調で、試合開始早々いきなり場内に響き渡ったUSAコールを背に、崩しからのバックで2点を先制した。それでも、櫻井は「ひとつ(のミス)だから大丈夫」と気持ちを乱すことはなかった。「自分の方が体力もあるし、絶対に取り返して自分がテクニカル(スペリオリティ)で勝つくらいの気持ちでいました」
案の定、第1ピリオド終了間際、マルーリスが先制を奪った外がけを狙ってくると、櫻井はカウンターでその動きを利用する形で後方に相手を回し4点を奪い逆転に成功した。
「マルーリス選手は足をかけるのが上手。その対処も練習していた。最初はかかってしまったけど、試合中に修正し、相手が思い切り足をかけてきたので、そこをポイントにつなげることができました」
第2ピリオドになると、「ニッポン、チャチャチャ」の応援を力に、もつれた攻防の中、最後に足をとって背後に回りって2点を追加。試合終了間際にもタックルでダメ押しの2点を取り、10-4でもうすぐ33歳になるベテランを退けた。
「昔はマルーリス選手に憧れというか、すごい選手だと思っていた。今回はオリンピックという舞台で自分がチャレンジャーの気持ちで挑み、倒すことができたので自信にもつながりました」
このマルーリス戦も含め、櫻井が初戦から主武器として頻繁に使っていたのはツーオンワン(2 on 1=腕とり)だった。このテクニックによって相手をコントロールし、片足タックルに入るパターンで点数を奪っていた。準決勝後、櫻井はこんなコメントを残している。
「どの選手も(櫻井)対策をしてきているので、簡単には取らせてくれない。でも、ツーオンワンは自分の強み。このテクニックを使ってポイントを取れているのはすごくよかった」
決勝では、終盤必死に追い上げようとするニチタの猛攻をツーオンワンによって防いだ場面も印象的だった。「この技術は攻めにも、守りにもつながる。最後は自分の得意な形で防ぐことに自信がありました。それで守り切ることができたかなと思います」
その結果、櫻井は育英大在学・出身者として初のオリンピック・メダリストとなった。「今大会のために柳川(美麿)先生も自分たち中心で見てくれた。育英大に入ってから自分自身すごく成長することができたので、この大学に入って本当によかったと思います」
櫻井は高知県出身。同県出身のアスリートとしては実に92年ぶりのオリンピック金メダリストの誕生となった。
「自分のレスリングの中心になる動きは、全部高知で習ったこと。それを大舞台で出すことができ、しかも高知の方々にたくさん応援してもらって金メダルを取ることができました。高知に早く戻って、金メダルを見せたい」
優勝した直後、櫻井が観客席に駆け寄ると最高の笑顔とともに育英大の柳川監督とレスリングの最初の師である父・優史さんが出迎えた。二人ともうれし涙を流していた。笑顔と涙の数だけ感動がある。
母校愛と郷土愛がもたらした金メダルだったか。