(文=布施鋼治)
「金メダルは重たい。自分の階級より重い(微笑)」
表彰式後、授与された金メダルを手に記者の前に現れた鏡優翔(サントリー)は、いきなりジョークを口にするほど上機嫌だった。
パリ・オリンピック・レスリング最終日(8月11日)、女子76㎏級決勝戦。第1ピリオド、鏡はケネディ・ブレーデス(米国)と1点を争うつばぜり合いの接戦を演じたが、スタミナは鏡の方が上。第2ピリオドになると疲れが見え始めたブレーデスから両足タックルでテークダウンを奪い勝負を決めた。
「両足タックルはずっと狙っていました。それに、絶対タックルを取れるときが来ると信じていたので、焦ることもありませんでした」
女子レスリングの最重量級で、日本代表の金メダル獲得は史上初の快挙だった。
「だれも成し遂げられなかったことをやろうと思っていたので、最高にいい気分です」
巷では「金は難しい」という声も多かったが、そうしたネガティブな声をはね除けての優勝だった。
「ずっと『最重量級で日本は勝てない』と言われていたけど、逆に力にもなりました。そう言ってきた人たちに、『見たか!』と言ってやりたいですね」
なぜ鏡は最重量級の壁を打ち破ることができたのか。鏡と一緒にウイニングランを経験した前田翔吾コーチ(東洋大教)は「間違いなく、鏡選手の努力が一番大きい」と前置きしたうえで、男子重量級の例を引き合いに出した。
「僕も8年ほど全日本男子のコーチとして携わらせていただいています。男子では、今でも重量級はなかなか世界で勝てないという時代が続いている。それを目の当たりにして、僕の中には『何かを変えないと結果は変わらない』という思いがありました。同じことが女子にも言えます。『なぜ日本の女子が重量級で勝てなかったか?』をしっかり分析したうえで、彼女のよさをいかしつつ、重量級でも勝てる要素を僕がプラスしていったことが大きかったんじゃないかと思います」
具体的に言うと?
「今まで重量級でスピードとタックルを武器にしたタイプは、そんなにいなかったと思う。その彼女のよさを活かしたわけです」
鏡の最大の長所は重量級離れしたスピードだろう。それは他国の同級の代表と比較しても抜きん出ていると思われる。そして得意技のタックルを決めるため、鏡はいずれの試合でも一瞬のスキが生まれるタイミングを辛抱強く待ち続けた。
自分の構えをほとんど崩さなかったのは、そのためだ。どんな格闘技にも言えることで、基本の構えが崩れない選手は強い。「ワンチャンスを奪えるかどうかが勝負のカギだと思っていました。『入ったら取り切る』という気持ちはずっと持ち続けていました」(鏡)
「不安がなかった」と言えば、うそになる。今年3月には右肋骨を骨折し、アジア選手権を欠場したと思ったら、その2ヶ月後には右膝内側側副じん帯を損傷し、パリ・オリンピックの前哨戦と位置づけていた明治杯全日本選抜選手権も欠場することになってしまった。
「今回は久しぶりの試合だったけど、積み上げてきたものがあったので、怖いものはなかった。6月にはもう完全に練習が再開できていたかなと思います」
鏡の声援は「カワイイ♡」が推奨され、実際、決勝のときにはUSAコールと“カワイイ・コール”が交錯していた。表彰式に臨むにあたっては、控室まで戻り、もうひとつのトレードマークであるひまわりのイヤリングをつけてくるなど、見られ方にも人一倍こだわる。
鏡は「いろいろな強くなるやり方があると思う」と語気を強めた。「自分は『カワイイ♡』と応援されたら(余計に)頑張れる。オシャレをしながら気持ちを切り替えてやれば、それでも強くなれることを今回証明できたと思います」
世界一の「強さ」と「カワイイ」の共存。史上初の女子重量級金メダリストは、全く新しいレスラーの価値観を示した。