日本レスリング協会公式サイト
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2024.09.08

研究報告から読み解くレスリング競技の効果について(上)

 

専修大学スポーツ研究所/木村元彦・三須亜希子・相澤勝治・佐藤満


 8月5日から8月11日に開催されたパリ・オリンピック・レスリング競技では、日本選手の素晴らしい活躍を目にすることができました。また、8月25日、東京・駒沢屋内球技場エントランス付近で行なわれた「8.25パリ・オリンピック代表選手握手会&撮影イベント」では、270組500人以上のファンが来場し、パリオリンピック・メダリストと交流する機会を通じてレスリング競技の認知度が高まったことと思います。

 近年のオリンピックで活躍する日本のレスリング選手のほとんどが、幼少期からレスリングに取り組んでいます。身体や心の発育が著しい時期(発育発達期)にレスリングに取り組むことで、どのような効果が得られるのでしょうか。

 もしかすると、これらの効果は、パリ・オリンピックで活躍した日本選手の一助になっているかもしれません。

 このような背景の中、我々の研究チームでは、幼少期のジュニアレスリング選手の身体や心、それらを支えるアントラージュ(アスリートを取り巻く、選手と関わりを持つすべての人々)に着目し、さまざまな調査を通じて、レスリング競技の効果(新たな価値)を発信してきました。

 この記事では、それらの効果を分かりやすく皆様にご紹介させていただきたいと思います。これらの知見を基に、今以上にレスリング競技の普及・発展につながることを心から願っております。

1.レスリングのトレーニングとジュニアレスリング選手の体力・運動能力について

 レスリングのトレーニングは、レスリングに取り組む子どもたちの体格や体力・運動能力にどのような効果があるのでしょうか。レスリングとトレーニングの関係を考える前に、レスリングはどのようなスポーツであるかを把握しておく必要があります。

 レスリングは人類最古のスポーツであり、1896年の第1回近代オリンピックでも実施された歴史の深いスポーツです。

 一方、研究では、レスリングは「筋力や有酸素性パワー、無酸素性パワーを向上させるために高強度のトレーニングが求められ、交互に繰り返される瞬発的な攻防を特徴とするスポーツ」と報告されています。つまり、レスリングにはたくさん動き続ける体力や、一瞬で強い力を発揮することを目的としたトレーニングが求められ、そして試合やスパーリングでは相手よりも速く動いてタックルなどを仕掛け、相手の攻撃にも素早く反応して守る、反撃することが重要と言えます。

 これらの目的を達成するために日本のジュニアレスリング選手はトレーニングを通じて技や体力・運動能力を向上させるため、日々のトレーニングに励んでいることと思います。

 しかしながら、過去の報告を概観する限り、レスリングのトレーニングがジュニアレスリング選手の「どの体力要素」に影響を及ぼすかは明らかになっていませんでした。そこで我々の研究チームでは、トレーニングを通じて、ジュニアレスリング選手の「どのような体力要素」が向上するかに着目して、2012年から研究を開始しました。

 研究ではジュニアレスリング選手を対象に、体格として身長、体重、体脂肪率、体力・運動能力として20m走(直線スピード)、プロアジリティ(方向転換能力)、立ち幅跳び(瞬発力)、反復横跳び(敏捷性)、リバウンドジャンプ(下肢のバネ)、レスリング競技の専門的要素を含んだ運動能力として、タックルを成功させるために普段の練習で多くのチームが取り入れていると思われる「馬跳びくぐり(我々の研究チームでは「タックルジャンプ」と呼んでいます。)」、タックルの習熟度を把握するための両足タックルの反復回数といった、さまざまな体力要素の測定を継続しています。

 その結果、ジュニアレスリング選手の体力・運動能力は学年が進むにつれ向上し、特に前方に力強く飛び出す瞬発力や、素早く動くことができる敏捷性は、走る能力や、走りながら方向転換する能力に比べて発達することが分かりました。

 ここで明らかになった知見は、「レスリングは子どもの体力向上に良い効果を及ぼしている」という根拠となる見解を示すことができたと考えます。さらに、男子と女子で体力・運動能力が同じ発達傾向を辿るかというと、男女間には性差が存在することもわかりました。

 男子は12歳頃の思春期に向けて体力・運動能力は徐々に発達します。逆に女子は男子に比べて思春期が早く10歳頃に訪れるため、体力・運動能力の発達は男子に比べて早いことから、小学3・4年生頃までは女子は男子に比べて体力レベルが高いことが考えられます。

 女子選手がスパーリングなどのトレーニングでしばしば男子選手よりも優位な場面が見受けられる背景には、このような体力・運動能力の発達傾向の違いが影響していると考えられます。

 さらに学年が進むと、女子は体脂肪率が増加し、男子は減少することから、男子が女子よりも筋肉量が増加することが考えられ、小学3・4年生頃に見られた現象は逆転することが見受けられます。これらのことから、発育発達期に発現する男女の優劣の背景には、体力・運動能力の変化の違いが影響しているものと考えられます。

 また、レスリングを続けることで瞬発力と敏捷性が向上することが分かってきたことから、現在の日本の子どもたちが抱える体力・運動能力の二極化という社会課題に、レスリングのトレーニングが貢献するものと考えます。

2.幼少期にメダルを獲得するジュニアレスリング選手の体力・運動能力について

 もう少しジュニアレスリング選手の体力・運動能力の様相を見ていくことにしたいと思います。

 体力・運動能力は競技レベルで差はあるのでしょうか。もし差があることがわかれば、試合で結果を残すためのトレーニングのヒントを得ることができます。

 我々研究チームは、小学生や中学生の全国大会でメダルを獲得した選手と獲得していない選手の体力・運動能力を調査し、全国大会でメダルを獲得した選手は、メダルを獲得していない選手に比べて、前方に力強く飛び出す瞬発力や、素早く動くことができる敏捷性が優れていることがわかりました。

 さらに、ジュニアレスリング選手のタックルの習熟度は瞬発力と敏捷性と関係があり、全国大会で入賞する選手ほど、その傾向が強くなることがわかりました。つまり、タックルを成功させるためには瞬発力や敏捷性を高めていくことが重要だといえます。

 小学生と中学生のメダリストの体力・運動能力の調査結果から、幼少期からレスリングに取り組んでいたオリンピック代表の日本選手も同じ傾向だと仮定した場合、後に日本を代表する選手を育成する場合には、ジュニアレスリング選手の体力向上やタックルの習熟度に視点を置いたトレーニングに着目することが重要かもしれません。

 ここまでレスリンングのトレーニングと体力を紹介させていただきましたが、レスリングのトレーニングでは、瞬発力や敏捷性以外にも、柔軟性や身体をうまく操るコーディネーション能力なども育てられる可能性が十分考えられます。

 また、全国大会で入賞した選手の特徴を我々の研究から明らかになった内容をお伝えしましたが、これら以外にも入賞する選手の特徴には得意な技を仕掛けるタイミングの習得や、試合への心構え、さらには指導者や保護者との関係性など、さまざまな要因が関係することが考えられますので、今回ご紹介する内容がすべてはないことをご理解いただければと思います。

《続く》







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