日本レスリング協会公式サイト
JAPAN WRESTLING FEDERATION
日本レスリング協会公式サイト
2024.09.09

研究報告から読み解くレスリング競技の効果について(下)

 

《上》から続く

専修大学スポーツ研究所/木村元彦・三須亜希子・相澤勝治・佐藤満


3.レスリングとジュニアレスリング選手の運動有能感や運動習慣

 

 ここまでは体力・運動能力に着目してきましたが、レスリングに幼少期から取り組むことで、子どもたちの心や生活習慣にも効果が現れることがわかってきました。

 我々の研究から、レスリングに取り組むことで、学校体育に対する自信である「運動有能感」が育まれることがわかりました。「運動有能感」は3つの因子で構成され、まず一つ目が、自身の運動能力や技能に対する自信である「身体的有能さの認知」、二つ目に、努力をすればできるようになるという自信である「統制感」、最後の三つ目に、仲間から受け入れられているという自信である「受容感」で構成されます。

 これらの運動有能感は、他のスポーツに取り組む児童や、スポーツに取り組んでいない児童に比べて、ジュニアレスリング選手は高い傾向にあることが分かってきました。

 この効果の背景には、レスリングのトレーニング内容が、小学校学習指導要領(平成29年告示)解説体育編(2017)が示す内容と関連していることが考えられます。レスリングで用いられるウォーミングアップには、四つん這いで地面を這うように前後左右に動く運動やマット運動などが挙げられ、それらは学校体育の「多様な動きをつくる運動」や「体の動きを高める運動」の体つくり運動や「マット運動」や「跳び箱運動」の器械運動にあたります。

 従って、レスリングに取り組むことで、学校体育の授業を自信を持って取り組むことができる可能性が高い、ということが言えると思います。近年では学校体育の嗜好性の極化が問題となっています。

 レスリングに取り組むことで学校体育に自信が持てるようになれば、体育が嫌いな子どもたちを救う一助となることが予想されます。

 そして日本の子どもたちの現状として、1週間の運動時間が少ない児童が増えていることも報告されています。体を動かさないことは肥満などの生活習慣病に影響を及ぼすことが考えられますが、レスリングに取り組む児童は、レスリング以外のスポーツに取り組む児童やスポーツを実施していない児童に比べて、運動習慣が身についていると回答しています。

 さらに、これまで述べてきた「運動有能感」と「運動習慣」は、レスリングの競技経験と関係していることがわかってきました。つまり、レスリングを継続することが、「運動有能感」と「運動習慣」に効果的に働く可能性があるということです。

 レスリングに取り組む目的として、競技大会で勝利することが第一に考えられますが、実はレスリングに取り組む効果は、日本が抱える社会課題である「体育の授業が楽しくない児童」「運動時間が少ない児童」の増加に歯止めをかける可能性があることも忘れてはいけないかもしれません。

4. レスリングに取り組む子どもを支える保護者の役割

 次はレスリングを取り巻く環境に目を向けていきたいと思います。

 子どもの習いごとにおける「スポーツ」の割合は増加傾向にあり、スポーツ活動の支援に保護者の存在は必要不可欠です。興味深いことに、レスリングの活動中に保護者が子どもにプレッシャーを与えないことや、否定的な気持ちで接していない選手ほど、レスリングの活動が楽しいと感じていることがわかっています。

 「子どものスポーツ活動に関わる保護者の役割と可能性」について、我々の研究チームが調査した結果によれば、レスリングに取り組む子どもを持つ保護者の多くが、スポーツを通じた人間教育的な効果を求めていることがわかりました。

 これらの調査から、いわゆる長い目で子どもたちの成長を見守ることが、レスリングに取り組む子どもたちの成長を支える一助になる可能性が考えられます。

5. 課題と今後の方向性(身体リテラシー)

 これまでは我々の研究報告を紹介してきましたが、レスリング競技に求められる課題もわかってきました。

  1つ目に、「運動有能感」の一つである仲間から受け入れられているという自信である「受容感」は、ジュニア・レスリング選手とスポーツを実施していない児童との間に差がないことがわかっています。つまり、個人競技であるレスリングは、サッカーや野球などの団体種目のように、競技中にチームメートの協力を求めることができない競技の特性上、仲間から受け入れられている自信が育まれない可能性が考えられます。

 2つ目に、子どもを支える保護者がスポーツ現場に求めている効果は明らかにすることができましたが、それらをスポーツ現場に落とし込むための施策などについては、まだまだ議論の余地があると考えます。今後は、得られた知見やこれらの課題を基に、まだ見ぬレスリングの価値を明らかにしていきたいと考えています。

 最後に「身体リテラシー(フィジカルリテラシー)」の考え方を紹介したいと思います。「身体リテラシー」とは、海外から日本に入ってきた概念であり、諸説その定義は論じられておりますが、我々研究チームでは以下のように定義しております。

 “身体リテラシー(Physical literacy)とは、あらゆる運動やスポーツに必要になる基礎的・ 応用的な運動スキル、また、運動スキルの基盤となる体力・運動能力や運動に対する自信である運動有能感という身体的領域と心理的領域で構成され、運動やスポーツを通じて育まれる他者とのつながりに必要な協調性や倫理観、運動やスポーツの正しい行い方やルールに対する認識や理解も含めた社会的領域と認識的領域で構成された、生涯にわたって豊かな運動・スポーツライフを実現するための資質や能力”

 身体リテラシーは日本の学校体育が掲げる目標と同意語であり、アスリート育成と生涯スポーツ普及の効果的な連携を可能にする概念と言われています。我々はスポーツを通じて身体リテラシーを高めることが、競技力向上だけでなく、豊かなスポーツライフを歩むために重要であると考えています。

 レスリングと身体リテラシーにどのような関連があるかはこれから多くの調査を通じて明らかにしていく必要がありますが、これまでご紹介させていただいた知見とこれから解決すべき課題や身体リテラシーの概念が、今後の日本のレスリング競技の普及・発展に寄与していくことを心から祈念しております。

 最後に、このような貴重な機会を提供いただいた日本レスリング協会関係者のみなさまに、ここに記して感謝申し上げます。


《参考文献》

1)小学生期レスリング選手における体格及び体力・運動能力の横断的検討—Cross-sectional Study of Physical Characteristics and Physical Fitness Among School Boys and Girls Wrestlers, 木村 元彦, 渡辺 英次, 佐藤 満, 久木留 毅, 三島 隆章, 相澤 勝治, Journal of training science for exercise and sport = トレーニング科学 / トレーニング科学研究会 編 30(1) 33-43, 2018

2)身長発育からみた小学生男児レスリング選手における 体力・運動能力の発達特性, 木村 元彦, 相澤 勝治, 渡辺 英次, 佐藤 満, 三島 隆章, 尾縣 貢, トレーニング指導 4(1) 3-9, 2021

3)身長発育からみた小学生期女児レスリング選手における体力・運動能力の発達特性, 木村 元彦, 相澤 勝治, 渡辺 英次, 佐藤 満, 三島 隆章, トレーニング指導 5(1) 25-33, 2022

4)小学生期レスリング選手における体格と体力・運動能力に関する縦断的研究 : 全国大会入賞経験者を事例にして—Longitudinal study of physical characteristics and physical fitness of elementary school wrestlers : A case of wrestlers who have won a medal in national competition, 木村 元彦, 渡辺 英次, 佐藤 満, 三島 隆章, 黒崎 辰馬, 竹田 展大, 高谷 惣亮, 相澤 勝治, Journal of training science for exercise and sport = トレーニング科学 / トレーニング科学研究会 編 34(4) 335-344, 2022

5)LEG ATTACK PROFICIENCY AND PHYSICAL FITNESS OF NATIONAL TOURNAMENT WINNERS AMONG JAPANESE MALE ELEMENTARY (U-12) AND JUNIOR HIGH SCHOOL WRESTLERS (U-15), Motohiko Kimura, Katsuji Aizawa, Eiji Watanabe, Mitsuru Satoh, Takaaki Mishima, International Journal of Wrestling Science 14(1) 2-8, 2024

6)レスリング競技が小学生児童の運動有能感および運動習慣に及ぼす効果, 木村 元彦, 尾縣 貢, コーチング学研究 35(1) 75-89, 2021

7)子どものスポーツ活動に関わる保護者の役割と可能性 : レスリング競技を事例として, 三須, 亜希子, 相澤, 勝治, 木村, 元彦, 専修大学スポーツ研究所紀要 47 1-12, 2024

8)レスリング競技を通じた「身体リテラシー」向上実践プログラム 発育発達期のジュニアアスリートをささえる指導者、保護者、すべてのアントラージュへ, 専修大学スポーツ研究所, 2023







JWF WRESTLERS DATABASE 日本レスリング協会 選手&大会データベース

    

年別ニュース一覧

サイト内検索


【報道】取材申請について
-------------

● 間違いはご指摘ください
本ホームページ上に掲載されている記録や人名に誤りがある場合は、遠慮なくご指摘ください。調査のうえ善処いたします。 記録は、一度間違うと、後世まで間違ったまま伝わります。正確な記録を残すためにも、ご協力ください。


アスリートの盗撮、写真・動画の悪用、悪質なSNSの投稿は卑劣な行為です。
BIG、totoのご購入はこちら

SPORTS PHARMACIST

JADA HOMEPAGE

フェアプレイで日本を元気に