偉大な指導者の最後に約500人がお別れ-。2024年9月12日に急性骨髄性白血病で死去した高校レスリング界の名匠、大澤友博氏(享年69)の通夜が9月21日、告別式が翌22日、茨城・牛久市の斎場でしめやかに行われ、通夜は約300人、告別式は約200人が旅立ちを見送った。
参列者には、大澤氏と同じ東京・八丈島出身で茨城・霞ヶ浦高時代の教え子の森下敏清・全国中学生連盟審判長が八丈島から、沖山功・日本協会審判長が香川県から駆けつけるなど、遠方からも数多くの人が参列。教え子でオリンピック選手第1号となった奧山恵二・自由ヶ丘学園高部長や花原大介氏(ともに1992年バルセロナ大会代表)をはじめ、不滅の金字塔を打ち立てた霞ヶ浦高校レスリング部OB、千葉・日体大柏高校レスリング部の選手・OBなどが参列。大澤氏の功績と指導に対する感謝と敬意を示した。
長男で喪主の大澤陽太氏は通夜の席上、「数年前に急性骨髄性白血病になり、一時は寛解(かんかい)して元気な姿も見られましたが、昨年再発。ペットボトルのキャップが開けられないほどに筋力も弱まりました。気丈にもリハビリを続け、パリ・オリンピックを見届けることができ、幸せそうでした」とあいさつした。
大澤氏の死はレスリング界にとって大きな損失だが、その偉業と精神は永遠に語り継がれることは間違いない(関連記事1 / 関連記事2)。通夜と告別式に参列したすべての人々は、大澤氏の遺志を継いで日本レスリング界のさらなる発展を誓ったことだろう。
大澤友博氏のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。