若いパワーによって、歴史の新たな1ページがスタートした。9月29日、ジュニア世代(幼稚園~中学)を対象としたビーチレスリングの大会、第1回「Wrestle on the BEACH 2024 HAYAMA」が、神奈川・葉山町の大浜海岸で行われ、地元の神奈川県のみならず、東京都、茨城県、山梨県からも選手が集まった。参加選手の中にはU15アジア選手権王者の中学生もいて、計73選手が砂の上で熱戦を展開した。
主催は神奈川県レスリング協会だが、発案し開催に尽力したのは、昨年、日本初のビーチレスリング・クラブを立ち上げた田中幸太郎・葉山ビーチレスリングクラブ代表(早大卒=34歳)。葉山町の後援のもと、9つの協賛企業の支援を得て開催へこぎつけた。ビーチレスリングの技術を競うとともに、「自然環境を大事にする」という世界の緊急課題を前面に出し、危険木や倒木を利用した木製のメダルを授与することで(後述)、選手たちの自然環境保護への意識を高めることも求めた。
田中代表は「子ども達が、人として成長する環境を大人がサポートできればと思っています」と力説する。スポーツ選手は、そのスポーツの競技力向上だけを考えればいいわけではない。社会問題への意識を高め、よりよい社会づくりへの貢献が求められる時代。スタートしたばかりのささやかな芽だが、大きく育つことが期待される。
今大会はジュニア対象ということで、シニアより試合場(サークル)が狭く、直径3メートルほど(注=シニアのビーチは直径7メートル、マットのレスリングは直径9メートル)。それゆえ、広さを使っての駆け引きの部分が少なく、開始から真っ向勝負の短時間決戦が続いた。早ければ20秒以内、そうでなくとも1分前後のうちにどちらかが3点(1点×3回、3点×1回)を取って勝負が決まった試合がほとんど。
相撲で言う“立ち合い”に負けて場外へ押し出されそうになると、起死回生を狙った投げ技で反撃を試みる選手も多く、とにかく技が繰り出され、見合うシーンがない。押していた選手が勇み足で負けるケースもあり、サークルのすぐぞばで応援している保護者からその度に大きな歓声が沸いた。
レスリングが人気を獲得しづらい理由のひとつに、「技が出ない」ことが挙げられる。闘いの場を狭くすることが、その解決につながるかもしれない。
中学生の試合では、組み手の応酬などマットの上でのレスリングに近い攻防が行われるシーンも展開される。思い出されるのは、パリ・オリンピックで優勝した日下尚(三恵海運)が、小中学校時代はレスリングとともに相撲で足腰を鍛えていたこと。ビーチの闘いは、組み手争いや組み合っての押し合いなど相撲に近い攻防が多く、マットの上の闘いにも生かされる要素があるのは間違いない。
全国中学生選手権75kg級チャンピオンの永田裕生(MTX ACADEMY)は「相撲のような感じでやればいいのかな、と思いました」とビーチに初挑戦の感想。このスタイルで世界選手権出場を目指すことまでは考えていないそうだが、日下選手の例を出すと、レスリングへ役立つことを否定せず、「機会があったら、またやってみたい」と話した。
神奈川県レスリング協会の粟田敦会長(日本協会理事)は、来年からU15世代のグレコローマンの海外派遣が始まるので、「砂の上での(上半身での)闘いは、グレコローマンに役に立ちます」と話し、中学生へも広めたい意向だ。
粟田会長は、画期的な大会と試みを「30代の若い選手が発案し、動いてくれたことに価値があります」と評価する。自身は60代の後半。「考えることが、今の若者には受け入れられないですよ。若い人間が、若い感性で行動することが発展につながるんです」と言う。
オリンピックでも、サーフィン、ブレイクダンス、スポーツクライミングといった“若者スポーツ”が、その都市限定であっても採用されている。若い世代をオリンピックに惹きつけるためには、“旧人”とは根本的に違う感性を尊重する必要がある。若者にレスリングの魅力をアピールするには、“昭和世代の発想”であっていいはずがない。
規模が大きくなったらどうなるか分からないが、今大会は小さなサークルのすぐそばで保護者が応援できたので、親子が一体となって闘っていた感もある。「保護者も熱く燃えていましたね」と話し、こうした発想も、少年少女をレスリングに惹きつける策のひとつと感じたようだ。
「ビーチレスリングは、基本的に海岸のある県でしかできません。神奈川県から全国へジュニアのビーチを発信したい。レベルの高い大会に出るのもいいですが、息抜き、という感じで、楽しさを求めての試合出場があってもいい」と話す。来年は、もっと多くのクラブに呼びかけ、今年より多くの選手を集める腹積もりだ。
クラブ発足から約2年をかけて大会開催を実現した田中代表は「これだけの選手が集まって、うれしいです。ビーチの普及をさらに進めたい、という気持ちを強くしました」と言う。
自然環境への意識を高めるための木製のメダルと盾は、協賛してくれた社団法人葉山の森保全センター(HFC)の活動の一環。同法人は、街にある危険木(枝や幹が道路や電線などの邪魔になっている木)を切り取り、廃棄するのではなく、再生させて活用することでゴミ削減を目指している。その枝を切ってのメダルなので、形はすべて違っている。
「メダル」といえば、金・銀・銅色の金属と相場が決まっているが、考えてみると、それは固定観念。世界で“たったひとつしかないメダル”を授与することで、より思い出深い記念品として受け取ってもらえる場合もある。田中代表は「木の活用が自然環境への意識の高まりにつながってほしい」と話す。
大会開催を機に、来年へ向けていっそう力が入りそう。クラブのコンセプトは「雨でも風でもビーチでやる」なので、冬も砂の上で週1回の練習を続けると言う。葉山町は、天皇皇后の御用邸や、日本ヨットの発祥地としてマリンスポーツが有名だが、ビーチレスリングが町の顔となる日が待たれる。